世界的な建築家、丹下健三が設計した旧香川県立体育館の解体をめぐり、民間資金での再生を目指す団体が県を相手取って裁判を起こしています。戦後の名建築の解体が全国で相次ぐ中、行政と民間の手によって「再生」を果たした事例を取材しました。
坂倉準三設計の旧上野市庁舎を再生
三重県の北西部、伊賀市にある旧上野市庁舎です。日本にモダニズム建築を根付かせたと言われる建築家、坂倉準三(1901~69)が設計し、1964年に完成。
市町村合併と老朽化に伴う庁舎の移転で一時は解体の危機にありましたが、「泊まれる図書館」に生まれ変わりました。
(記者リポート)
「ゆったりと落ち着いた雰囲気のこちら、スイートルームなんですが、実は元々は市長室でした。こちらをご覧ください。入り口にあったプレートがそのまま残されています」
2025年7月にオープンしたホテル「泊船」。かつて市長室や議員控室などが並んでいた2階に19の客室を備え、広々とした廊下空間が広がります。
(伊賀市産業振興部/堀川敬二 部長)
「廊下の幅とか雰囲気はそのまま残すようにということで。私もここで働いてましたので、その当時のまま残っているというのは非常にうれしい」
市議会の議場だった場所は、学習・集会室として活用されています。
建物の特徴を残しつつ工夫も…
吹き抜けの1階と中2階、地下1階は「図書館」となり、2026年4月にオープンしました。
風の流れを計算して波紋を描くように書架を配置。「水平連続窓」と呼ばれるガラス面や木目調のコンクリートの柱など、建物の特徴はそのまま残しています。
土色の六角形の床のタイルも当時と同じものですが、実はある工夫が……
床下に、配管を敷き詰めて夏は冷水、冬は温水を流す冷暖房設備を新たに取り入れたのです。
(伊賀市中央図書館 統括責任者/住本和美さん)
「窓ガラスも昔のまま、今よりはだいぶ薄いものと聞いていますし、空調効率は悪いので、上からの空調・風だけでなく床からも温めたり、冷たくしたりという効果を狙ってると聞いてます」
蔵書数は約23万冊。市民以外でも閲覧利用は可能です。また、宿泊者向けの選書サービスも。
(伊賀市中央図書館 統括責任者/住本和美さん)
「希望のテーマを事前にお聞きして、宿泊の当日、お部屋にその本を用意しておく。『泊まれる図書館』というコンセプトもありますので」
民間の資金やノウハウ活用「PFI方式」で整備
この旧市庁舎は、解体か保存かで10年にわたって揺れた末、民間の資金やノウハウを活用する「PFI方式」で整備されました。
建物の改修や維持管理、図書館の運営は市が、ホテルやカフェの整備・運営は民間が費用負担。
近くに整備した忍者体験施設とあわせ、市が20年間で約64億円、民間が30億円以上を投資しました。
(伊賀市産業振興部/堀川敬二 部長)
「(民間事業者に)柔軟な視点で運営をしていただいている。建物を民間事業者だけで保存して活用していくっていうのはなかなか難しいんじゃないかという反応でしたので、やはり行政と民間事業者さんが一緒になってやっていくという方式を選択しました」
市民の反応は……
(利用する伊賀市民は―)
「暗かったので、前は。すごくよくなったかな。耐震とかがしっかりしていたりそれを補強されたりしてるんであれば、壊さないほうがいいかな。古いものを残してほしいです」
「案外、法隆寺とか非常に古いものだけが大事にされてるけれど、近代・現代に造られたものがどんどん壊されていく。現代において造られたものが未来に残っていくというのは新しい歴史を作っていく一つでもあるんで」
一方、同年完成の旧香川県立体育館は…
旧上野市庁舎と同じ1964年に完成した旧香川県立体育館。
閉館から約8年半後の2023年、県は有効な利活用策がないことや安全面などを考慮し、解体の方針を決めました。
そこに2025年7月、建築家らが設立した再生委員会が民間資金での再生案を提案。
県から建物や敷地を買い取るなどして全額自己資金で耐震補強と改修を行い、ブックラウンジを備えたホテルなど「収益施設」に再生するというものでした。
しかし、香川県は「安全確保が急がれる」として再生委員会との協議には応じず、2026年4月から解体工事に着手しました。
民間による再生 実現の「壁」は?
民間による再生の「壁」になったものは何なのでしょうか?
(建築家 東京藝術大准教授/藤村龍至さん)
「行政の意思決定というのは、やはり手続論が非常に重視されますので、ある手続を経て、そして長い時間の検討を経てなした決定というのはそれなりに重いものであると。たまたま今このタイミングでいいアイデアが出たからこちらを選びましょうというわけになかなかいかない」
公共施設の再編計画にも取り組む建築家の藤村龍至さんは、「行政が判断に迷っている段階で専門家や市民など外部の知見が入るべき」だとし、特に今回は、事業や経営的な視点から助言や仲介ができる専門家の存在が必要だといいます。
(建築家 東京藝術大准教授/藤村龍至さん)
「買い取りますよと言われても、どうやって誰にどう売っていいか、そもそもこの人に売っていいのか、それを多分、判断する能力あるいは自信というか、そういうものが行政の中にない。(香川県側は)安全性とかそういうことを理由にして、そういうプロセスを避けた」
そして、旧上野市庁舎のように、行政と民間が連携して建築を活用していく成功事例をもっと積み上げていく必要があると指摘します。
(建築家 東京藝術大准教授/藤村龍至さん)
「公と民の役割分担で何か今までなかったことが実現できたじゃないかという経験をいろんな場所で積み重ねていく必要があって、願わくばこの船の体育館でそういう新しいバランスというのを見出せて着地するという乗り越えを経験したいところだと思う」
KSBでは、この旧香川県立体育館の解体のプロセスについて検証する番組、テレメンタリー2026「動かぬ針路~『船の体育館』解体~」を10月10日に放送します。