妻と娘を亡くした楠健二さん(57) 「2年経とうが3年だろうが4年だろうが、ついこの間だから。突然、2人がいなくなった。きょう命日だから来たけど、まだ現実を見られない状況でずっといる感じ」
石川県輪島市で居酒屋を営んでいた楠健二さん。2年前のきょう、この場所で大切な家族を失いました。
地震の揺れでビルが倒壊し、隣にあった楠さんの自宅と店舗が押し潰されました。
楠さん 「現実を受け入れられないじゃん。目の前にいた2人を助けられないんだよ。そんな悲しいことある?」
がれきに挟まれた妻の由香利さんと長女の珠蘭さんが犠牲になりました。
楠さん 「生きてたんだよ、ずっとあそこで。「パパ、水ちょうだい』って、何回も水あげたよ」
地震の後、がれきに埋もれた自宅に何度も通い、2人の思い出を探し続けました。
楠さん 「携帯だけはどうしても探したかった。すごく奥に入っていた。よかったよ、見つかって」
楠さんは以前住んでいた神奈川県川崎市に戻り、残された子どもと生きていくため、再び居酒屋を始めました。
店内には地震で止まった時計が飾られています。
楠さん 「あまりにも地震と家族を失ったということが大きすぎて、この2年間は全然…(地震は)先月ぐらいな気持ちだね。あんな寒いなか…(妻と長女を)救出できないままの時、当然寒かったじゃない1月だから。今寒いから、朝起きてお店に行くのにジャンパーを着る。その時、長女のことを思い出して、『寒かったんだよな、俺だけ温まっていいのかな』って」
見つけ出した携帯電話は、今も契約したまま。しかし、中を見る気持ちにはなれないといいます。
楠さん 「雑煮を皆で食べた写真が頭の中にはあるんだけど、当然、携帯の中にもあるんだけど、やっぱりどうしても開けないんだよね」
2人の月命日には必ず霊園を訪れる楠さん。手を合わせる時の気持ちには、少しずつ変化がありました。
楠さん 「ずっと謝罪の思いしかないので、助けてあげられなかったっていう。(最近は)家であったこととか、これからのこととか。なんせもう相談する人がいないから、ここに来て相談するような感じなのかな、今は」
亡くなった長女の珠蘭さんは、地震の4日後には20歳の誕生日を迎えるはずでした。今年、珠蘭さんの2歳下の妹が20歳として成人の日を迎えます。
楠さん 「お姉ちゃんが着るはずの成人式の着物を着て、同じ(二十歳の)前撮りをして…なんて思うと、時間は経っているんだなって思う」
時が経つにつれ、輪島の景色も変わってきました。倒壊したビルは解体が進み、かつて家族で暮らしていた場所は更地になりました。
楠さん 「現実、ここにいたからね、あの2人は。思い出すよね。色んなこと、当時のこと。今、ビルの面影も何もないけど、やっぱりここにずっといたなと感じる」
地震から2年となるきょう、楠木さんは初めて、県主催の追悼式に出席します。
楠さん 「1日は命日だし、ここには毎年来ようと思っているし、今まで自分のことしか考えていなかった。皆そうかもしれないけど。能登で亡くなった人たちに1回も手を合わせてないなって思った。追悼式があるからその人たちにも手を合わせないとなって。自分だけが悲しいと思っていた。僕と同じ気持ちの人が亡くなった数だけいる。天国に皆いるから、その中に女房と娘もいるだろうし、天国で日本酒でも飲んで騒げばいいんじゃないの」