2024年5月、岡山市で、ある画家の個展が開かれました。描き続けて半世紀。88歳になった今も、キャンバスに向かい続けています。
雛人形をモチーフにした作品、タイトルは「憧憬」です。近くで見ると、赤、青、黄色など、何種類もの色を使って繊細に描き込まれていることが分かります。
表面がでこぼこしていて、何度も何度も手を加えた様子がうかがえる作品、「港の片隅」です。
5月に岡山市東区のギャラリーで開かれた「山本一雄展 遠い記憶」。88歳になった今も絵を描き続けている画家・山本一雄さんの風景画や幻想画、人物画など14点が展示されました。
ギャラリーのオーナーで写真家の山口聡一郎さんは、撮影中に偶然見かけた山本さんの作品に魅力を感じ、個展を企画したといいます。
(個展を企画した/山口聡一郎さん)
「丁寧に描いているところ、自分自身をきちんと反映させているところ、絵の中に。寂しさがあれば寂しさ、喜びがあれば喜びを描いているところがいい。森の中にあるギャラリーですけど、びっくりするぐらい人が来て問い合わせもものすごくあって、評判がよかったというか皆さん感動されていた」
今までにないほど大きな反響があったという山本さんの個展。しかし、本人がギャラリーに姿を見せることはありませんでした。
その理由は、山本さんが今暮らしている場所と深く関わっています。
瀬戸内市にある国立ハンセン病療養所「長島愛生園」。2日時点の入所者の数は79人で、平均年齢は88.5歳です。
全員病気は治っていますが、後遺症が残っているため必要な医療や介護を受けて暮らしています。ハンセン病は感染力が非常に弱く、戦後には完治する病気になりました。
しかし、かつて国が進めた強制隔離政策によって、いわれのない差別や偏見が広まり、故郷に帰れないまま亡くなった入所者が多くいます。
山本さんは、若い頃にハンセン病を発症し、1970年ごろに長島愛生園に入所しました。山本さんは、家族や親族を気遣う気持ちから、画家として公の場に姿を見せることはありません。
山本さんのことをよく知る職員は……。
(長島愛生園歴史館/長島幸枝さん)
「優しいおじいちゃんという感じで穏やかな方です。本当に絵が大好きなんだなというのはいつも感じています。本人はやっぱり自分の絵を見ていただくのがすごくうれしいんですね。だから絵を見て素敵だなと言ってくださるのがとてもうれしいみたいで」
部屋を訪ねると、優しく迎えてくれた山本さん。カメラの前で話してもらうことはできませんでしたが、アトリエや作品を見せてくれました。
描き続けて半世紀。油絵の具のにおいと使い込まれた道具が、その年月を物語ります。今も毎日4時間ほどキャンバスに向かっているそうです。
これまで描いた作品は約200点。その中で山本さんがこだわっているいくつかの「モチーフ」があります。
1つは、松本清張の小説を原作にした映画「砂の器」。ハンセン病に対する差別や偏見がテーマの物語です。そしてもう1つは、生まれ育った故郷、岡山県北の風景や離れて暮らす家族の姿。
懐かしさや寂しさ、愛おしさ。山本さんのいくつもの心情が垣間見える作品です。
時折、絵の中に登場する後ろ姿は、自分自身だと話す山本さん。
40歳ごろから現在まで公募展に出品を続け、県内最大規模の「岡山県美術展覧会」で何度も入選するなど、高く評価されています。
美術館で学芸員を務める遠山健一朗さんは、山本さんの個展をきっかけに興味を持ち、アトリエを訪れました。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「描くのが楽しいというエネルギーがまず伝わってくるのと、80歳代を超えても画風を変えながら、どんどん自分の心と対話をしながら新しいことをしているというのは、それだけで人間の表現欲求としてすごい、『人間ってすごいな』というところを感じる」
山本さんの作品は、年々、色彩が明るくなり、幻想的な表現になっていると遠山さんは話します。
画家として実力があり、作品が注目を集める一方、山本さんが、今も公の場に姿を見せられないという現実。
ハンセン病問題を巡っては、厚生労働省が2023年初めて全国的な意識調査を行いました。
その結果、約35%の人が、「ハンセン病に対する偏見・差別の意識を持っている」と回答するなど、「依然として深刻な状況にある」としています
個展を企画した山口さんは、今後も多くの人に山本さんの作品の魅力を伝え、残していくことが、ハンセン病問題への関心や理解にもつながると考えています。
(個展を企画した/山口聡一郎さん)
「長島愛生園の歴史を語るうえで、入所者の方の作品は非常に重要だと思う。岡山の宝として残していく活動が盛んになればいいと思う」
山本一雄さんは、2024年の岡山県美術展覧会・洋画部門で「入選」しました。作品は、4日から岡山県立美術館で展示されます。
山本さんは「(入選の)発表を見て、とてもうれしかった。周りの人たちも良かったねと言ってくれて、喜んでいます」と話しています。