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【特集】原爆投下81年 戦争の記憶を受け継ぐ…平和を願う高松市の9歳の少女

 8月6日、広島に原爆が投下されて81年です。高松市に平和を願って戦争を学び続ける9歳の少女がいます。直接話を聞ける最後の世代が戦争の記憶を受け継ごうとしています。

(小学3年生/多田美咲さん)
「戦争で死んじゃった人たちとかに届いてほしいなと思いながら折っています」

 高松市の小学3年生多田美咲さん。1年生のころから平和への願いを込めて千羽鶴を折っています。

(小学3年生/多田美咲さん)
「苦しい思いをしたと思うけど、それでちょっとは元気になったらいいなって」

 美咲さんが戦争に関心を持ったきっかけは、保育園児の時に読んだ絵本でした。

 戦時中、動物園の動物が空襲で逃げ出すのを防ぐため殺処分されたという実話を元にした絵本「かわいそうなぞう」です。

(小学3年生/多田美咲さん)
「戦争を始めるのは大人たちだけなのに、苦しい思いをするのは大人だけでなく子どもとか動物とか、戦争に関係のない子たちが苦しい思いをしているから」

 その後、被爆地・広島を訪れたり自主的に原爆死没者の祈念式に参加したりして学び続けてきました。

 2025年、夏休みの自由研究で広島の原爆について調べる中で「高松空襲」の歴史を知りました。

 1945年7月4日に起きた高松空襲では、アメリカ軍の爆撃によって市街地の約8割が燃え、1359人が犠牲になりました。

 美咲さんはこの日、高松市平和記念館に足を運びました。高松空襲を経験した92歳の川﨑朝子さんに話を聞くためです。

(小学3年生/多田美咲さん)
「どうやって空襲から逃げた?」

(高松空襲を経験/川﨑朝子さん)
「町内会長が『海の方へ逃げてください』と言う。海の方へ妹を背負って、お母さんも妹を背負ってそうして逃げた」

 川﨑さんが高松空襲を経験したのは10歳のとき。いまの美咲さんとちょうど同じ年頃です。

(小学3年生/多田美咲さん)
「(死因に)窒息死がある。どうやって窒息した?」

(高松空襲を経験/川﨑朝子さん)
「防空壕に入っていた時に窒息する。50人くらいが土の中に入っている。爆弾が落ちてきたら 出られない。そして上が燃える。そしたら窒息になる」

 2時間以上話した2人。川﨑さんが美咲さんにこの日一番伝えたかったことは……

(高松空襲を経験/川﨑朝子さん)
「とにかく戦争をしないこと。したら今度は焼夷弾やあんなんと違う。ボカーンと一発で全部死ぬ」

 川﨑さんの経験と平和への思いは、美咲さんの胸に刻まれました。

(高松空襲を経験/川﨑朝子さん)
「戦争は怖い、いけないということを全然知らない人が立ち上がってくるということ、本当に美咲ちゃんに頭が下がる」

(小学3年生/多田美咲さん)
「私は戦争にあったことはないけど、戦争にあった人の話を聞いてそれをもっと広めたいなと思う。熱い思いとか痛い思いとか苦しい思いとかした人がどんどん忘れられていって平和な世界になってると思うけど、原爆にあったときのこととか絶対に忘れないでほしい」

 終戦から81年。記憶を語る人は少なくなっても受け継ごうとする若い世代が、確かに育っています。

(2026年8月6日放送「News Park KSB」より)

KSB 報道
執筆:KSB報道
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