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秀吉の水攻めで腹切り家臣5000人を救う 清水宗治公の444回忌 6月7日

 戦国時代、羽柴(豊臣)秀吉の水攻めで奮戦し、城兵5000人の命を救うため切腹して果てた備中高松城主・清水宗治の444回忌が6月7日、岡山市で行われます。

 宗治公の命日が6月4日であることにちなみ、歴史を後世に語り継ごうと、地元の有志や団体でつくる高松城址保興会が、毎年6月の第1日曜日に開いているものです。一般参列も受け付けていて、例年400人ほどが参列しているということです。

 天正10年(1582年)5月、羽柴秀吉率いる3万の軍勢は備中高松城を取り囲み、軍師・黒⽥官兵衛の秘策で「⽔攻め」に打って出ました。6月2日に京都で本能寺の変が勃発して織田信長が自刃すると、事態が急変します。

 講和を急いだ秀吉は「城主・清水宗治の切腹をもって城兵5000人の命を助ける」と持ち掛け、宗治公は6月4日、城から小舟で漕ぎ出し、腹を切って果てたと伝わっています。秀吉はその振舞いの見事さに「武士の鑑」と、手厚く葬ったとされています。

 444回忌は備中高松城跡(岡山市北区高松)の宗治公墓前で、午前10時から行われます。

KSB 報道
執筆:KSB報道
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