「紙」が好きすぎて、世界一周の旅をした女性。岡山県西粟倉村に住む浪江由唯さん(26)。
「手すき紙」に魅せられて世界15カ国の紙の工房や印刷所を巡り、2021年2月に1冊の本を出版しました。
旅の記録をまとめた本には、「紙の魅力」が詰まっています。
世界を巡り出合った紙たちの魅力を詰め込んだ『1冊』が完成
2月に発売された『世界の紙を巡る旅』(烽火書房刊/2680円)。
著者の浪江由唯さん(26)が、2019年3月から2020年1月まで303日間かけて世界15カ国を旅しながら出合った、さまざまな紙の写真や旅先で感じたことなどをつづっています。
(記者リポート)
「こちら、本のカバーに使われている紙、色や模様がひとつひとつ違います。このカバーに印刷をして巻くのは、すべて浪江さんが手作業で行っているんです」
模様の部分だけ穴が空いた版にインクを落とす「シルクスクリーン印刷」で浪江さんが1枚1枚、カバーをつくります。
使われているのは、ネパールから輸入した「ロクタペーパー」という手すき紙で、浪江さんが一番好きな紙なんだそうです。
(浪江由唯さん)
「ロクタペーパーはロクタっていう植物の繊維から作られていて、その繊維が長くて光沢があるのでこの紙自体が破れにくくて、表面にちょっとつやがある紙になります。すごい思い入れのある紙で、せっかくならその紙をいろんな人に触れてもらいたいなと思って」
“気持ち”を抑えきれず、即「退職届」を提出…紙の魅力にとりつかれた「きっかけ」は?
京都府出身の浪江さんが紙の魅力にとりつかれたのは大学2年生のときに参加した高知県の工房での「紙作り体験」でした。
木を切り取って皮をはぐところから木槌(きづち)で叩いてやわらかくし、水に散らして、すき、乾燥させるところまで一連の流れを1泊2日で体験しました。
(浪江由唯さん)
「木と水だけで紙ができるんだという感動が忘れられなくて、それがきっかけでずっと手すき紙に関わっていきたいなと思いました」
大学で文化人類学を専攻し、卒業論文の研究テーマにネパールの手すき紙を選んだ浪江さん。
2014年秋、フィールドワークのため現地を訪れ、日本とは全く違う色鮮やかな紙が並んだ紙屋さんの光景に目を奪われました。
卒業後は、岡山市の雑貨メーカーに就職し約1年、モノが売れる仕組みなどを学びましたが、紙と旅への思いが抑えきれなくなりました。
(浪江由唯さん)
「まずは世界各地の紙を見に行きたいなっていう気持ちがあって、その気持ちに気づいたらそれを止められなくて、すぐ退職届を出して旅の準備を始めました」
紙たちとの出合いと紙作りに携わる人たちとの交流
訪ねたのは、北米、ヨーロッパ、アジアの15カ国、35の都市。
人からの紹介のほか、グーグルマップで「ペーパーファクトリー」と入力し、出てきた紙の工房や活版印刷所などにメールを送ってアポイントメントを取ることも。
(浪江由唯さん)
「(Q.アポって結構簡単に取れたりするものですか?)全然返信来ないです。メールを送りはするんですけど、よく分からない日本人がいきなり『工房へ来たい』って言ってきたみたいな。全然返信がない人もいれば、すごい興味を持って『いいよ、おいで』って言ってくださる方もいらっしゃったり」
原料や製法の違いで、地域ごとに全く異なる表情を見せる紙。そして、紙作りに携わる人たちとの交流を楽しみました。
(浪江由唯さん)
「世界各地を旅行しながら集めてて、紙がたまるたびに日本に郵送してたんですけど、帰ってきたときにはこれくらいの段ボール13箱分くらいになってました」
石で叩いてつくる紙? 地域ごとに異なる表情を見せる紙たちを紹介
浪江さんに、特に印象的な紙を紹介してもらいました。
こちらはメキシコの「アマテ」という紙。
(浪江由唯さん)
「紙の繊維を格子状に並べたものを石で叩いてつくったもの、繊維そのものとか石で叩いた表面の凹凸とかが残っていて」
すいて作るのではなく、叩いてつくるアマテ。編み込んで装飾用にするものもあり、これまでの紙の概念を覆す衝撃を受けたそうです。
タイやラオスで使われる「サーペーパー」は、クワ科の「サー」という植物が原料です。
(浪江由唯さん)
「原料と作り方自体は、タイのサーペーパーもラオスのサーペーパーも同じなんですけど、ラオスの紙のほうが柔らかくていろんな色の繊維が混ざっているから、風合いのある感じに仕上がっていて、同じ原料と製法でも全然違う感じになるのが面白い」
このほか、ベトナムの「ドーペーパー」のノートには…
(浪江由唯さん)
「表面に貝殻の粉を砕いたものが塗装されていて、キラキラざらざらしてます」
1冊の本に使われた紙はなんと11種類!「読んだ人が感じられる本」を
世界各国で出合ったユニークな紙や紙製品の数々…浪江さん、話し出すと止まりません。
そんな「紙の魅力」がいっぱいの本には浪江さんのこだわりも詰まっていました。
(記者リポート)
「写真や文章が印刷されている本文用紙、実はこの1冊だけで11種類も使われているんです。こちらは裁断する前のものなんですが、紙の色、てかり、手触りもそれぞれ違うのがよく分かります」
通常、1冊の書籍に使われる本文用紙は1種類か2種類ですが、この本では、浪江さんの旅が1カ月進むごとに紙の種類が変わる仕掛けになっています。
『紙の本だからできること』を体現できた
浪江さんらしい本を作るため、長野県の藤原印刷の藤原章次さんと編集者、デザイナーたちがアイデアを出し合いました。
(藤原印刷/藤原章次さん)
「彼女が世界に行った旅を少しでも読んだ人が感じられる本にしたいということで、とことんたくさん使おうと」
工場では、紙の種類が変わるたび、インクの量や印刷機の中の紙を排出する圧力を30分から1時間ほどかけて調整する必要があります。
(藤原印刷/藤原章次さん)
「3、4種類くらいの紙の変更は今までやったことあるんですけど。うちも創業66年くらいで、11種類は史上初ですよね」
(浪江由唯さん)
「(Q.電子書籍では絶対できないことですもんね)まさに『紙の本だからできること』を体現できたんじゃないかと思います。紙の質感とかにも触れて1ページずつめくりながら体感してもらえたらうれしい」
手作業で印刷し巻いたカバーは100種類以上!
また、浪江さんがネパールのロクタペーパーに手作業で印刷しているカバーは、紙の色と、インクの色、模様の掛け合わせでなんと100種類以上。
浪江さんこだわりの仕様を妥協せずに実現する一方で、多くの人に手にとってもらえる価格に抑えるためクラウドファンディングを実施。
395人から、目標の50万円を大きく上回る250万円あまりの支援が集まりました。
「kami/(かみひとえ)」という屋号で紙の展示販売などをおこなっている浪江さん。今後は、紙作りもできる印刷製本所を併設した世界の紙の店づくりを計画しています。
発見や驚きをいろんな人に楽しんでもらえたら
(浪江由唯さん)
「1年かけて見聞きしてそこにはすごい発見とか驚きがあったので、それをもっといろんな人に伝えて楽しんでもらえたらうれしいなっていう気持ちと、それを伝えることで新しいものづくり今までの日本の紙づくりになかった発想とか生まれたら面白い」