17歳の男子高校生が亡くなった磐越道のバス事故。午後6時半に始まった、学校側の2度目の会見は、先ほど終了しました。今回は、ソフトテニス部の顧問も出席。「レンタカーの使用と運転手の手配を依頼したことはない」とバス会社側の主張を改めて否定しましたが、過去の請求書の明細には、「レンタカー」「人件費」と書かれたものがあったことが、明らかになりました。顧問は、この記載について認識していなかったとしています。
■2回目会見 レンタカー依頼”再否定”
きょう10日、午後6時半から、事故後2度目の会見を行った北越高校。今回は、男子ソフトテニス部の寺尾宏治顧問が初めて出席しました。 (北越高校 男子ソフトテニス部 寺尾宏治 顧問)「北越高校、男子ソフトテニス部顧問の寺尾です。この度は生徒を安全に引率すべき立場にありながら、このような惨事を防げなかったこと、責任を重く感じております。当日の朝、私は午後5時20分ごろに学校に到着しました。そのときには欠席の3人を除く、部員20名が集合しておりました。私は運転手とは面識がなく、このときが初対面でした。私は当初、バスに同乗する予定でしたが、生徒全員が乗り込み、荷物を積んだところ、出入り口付近まで荷物があり、私がバスに乗り込むことが難しいと思ったことと、なじみのない場所なので現地で車があったほうが便利だと思い。自分の車で移動することを、生徒と金子氏に伝え、自分の車に向かいました。今振り返ると、私がバスに同乗しなかったこの判断が誤りであったと思います。私が朝、運転手と会った際は、とくに変わった様子は感じませんでしたが、今回の事故後に、事故を起こす前から、運転手の運転が正常ではなかったという話を聞き、私がバスに同乗していれば、運転者の異変に気付き、運転を止めさせるなどして事故を防ぐことができたのではないかと思っています」
事故が起きたのは今月6日。福島県郡山市の磐越自動車道で、男子ソフトテニス部の生徒らを乗せたマイクロバスがガードレールに突っ込むなどして、20人が重軽傷を負い、稲垣尋斗さん、17歳が亡くなりました。 このマイクロバスは、バス会社が手配したレンタカー。運転手はバス会社の従業員ではなく、営業担当者の“知人の知人”で、無職の若山哲夫容疑者(68歳)でした。 (寺尾宏治 顧問)「私はバスが動き出すのを確認し、自分の車のナビに行き先を設定し出発しました。現地集合との判断でしたが、振り返れば、常にバスが見える範囲で走るべきであり、この判断も誤りだったと思います。午前7時41分ごろに部員からの連絡で事故を知りました」
きょうの会見で注目されていたのは、バス会社・蒲原鉄道と北越高校との間で主張に食い違いが起きていた点。 これまでバス会社は、高校の部活動顧問から「貸し切りバスでは予算面で高くなるので、レンタカーを手配してほしい」と依頼を受けたと説明。一方、高校は、「貸し切りバスの手配をお願いし、レンタカーを依頼した事実はない」と前回の会見で、反論していました。 今回、実際に依頼したとされる、顧問が自らの口で説明しました。 (寺尾宏治 顧問)「今回のバスを依頼した経緯について説明します。私は4月11日に蒲原鉄道の金子氏に今回の遠征のバスの運行を依頼しました。金子氏は長年にわたり学校に出入りしている営業担当者であり、これまでに何度もバスの運行を依頼したことがあります。私は遠征の日にち、行き先、乗車人数を電話で伝え、金子氏もこれを了承しました。その際に私が金子氏に対して、費用を安く抑えたいからレンタカーを手配してほしいと依頼したことはありません。また運転手の紹介を依頼したこともありません。私としては蒲原鉄道にバスの運行を依頼したとの認識であり、バスは蒲原鉄道のバス、運転手は蒲原鉄道の運転手であると認識していました。バスの運行代金についての明確な取り決めはありませんでしたが、その理由はこれまで何度も頼んでいる業者であり、法外な請求を受けることもありませんでしたので、蒲原鉄道を信頼していたからです」
■請求書に「レンタカー」「人件費」記載
前回の会見と同様に、「運転手の紹介は依頼していない」とした高校側。ただ、バス会社はこれまで、高校の部活動顧問から「運転する人がいないので、運転手も紹介してほしい」と依頼されたと主張していて、ボランティアとして若山容疑者を紹介し、「高校側の承諾をもらった」とも話していました。
(寺尾宏治 顧問)「今回の事故後、改めて過去の蒲原鉄道からの請求書を確認したところ、2パターンの請求書がありました。一つは項目に貸し切りバスと書かれた請求書であり、もう一つは項目に『レンタカー代・人件費』と書かれた請求書です。実際には2パターンの請求書があったのですが、私は請求書については総額を確認するだけで、項目については確認をせずに支払いの担当者に請求書を渡していましたので、(請求書が)2パターン存在することについては認識していませんでした。過去3年分の請求書・領収書の写しは警察に提出済みです。以上が、私がバスの手配を依頼した経緯になります」
運転手への報酬についても、バス会社は「高校が運転手に手間代を出す認識だった」とした一方で、高校は前回の会見で「バス会社に支払う予定だった」と異なる主張をしてきました。 この報酬に関係するものなのか、事故現場にはバス会社が運転手に渡したとみられるメモも落ちていたと言います。 (北越高校 灰野正宏 校長)「これは事故現場に散乱した部員の持ち物を回収して学校に戻った際、あるかばんの中に人数、行き先を記した蒲原鉄道名のメモでありますとか、あるいは蒲原鉄道の担当者から運転手に渡されたと思われる手当の封筒などであります」 Q.事故現場で封筒が見つかったと。いくら入っていた? 「3万3000円です」 Q.但し書きは? 「表書き、『手当、高速、ガソリン』ですね。『高速はカードにて』と書かれていました」
■“8日間で3回事故”逮捕の運転手
今回の事故で、マイクロバスは衝突したガードレールをはぎ取るように、20~30m止まらずに走行したとみられることが捜査関係者への取材から、新たにわかりました。 バスを運転していた若山哲夫容疑者は、どのような人物なのか。 (陸上部 監督時代の若山哲夫 容疑者)「2年生の時に200mで3番に入ったところだろ。」 これは2004年、新潟県内の高校で、陸上部の監督をしていた若山容疑者。この頃は、遠征などで部員を乗せたマイクロバスの運転をしていたそうです。 若山容疑者を高校側に紹介した、バス会社の営業担当、金子氏は―。 (蒲原鉄道 金子賢二 営業担当)「今回のドライバーは初めてお会いしました」 Q.今回運転されるまでに、例えば面談したりとか、免許証を確認したりとか、そういったことは金子さんはされなかった? 「してませんでした」
実は、この若山容疑者、取材を進めると、今回の事故の2週間前から、3度も自動車事故を繰り返していたことがわかってきました。 (草薙和輝アナウンサー)「あちらに停められている紺と白の車、車の前方部分、さらには片方のサイドミラーが激しく損傷しているのが分かります。こちらの車は若山容疑者が運転をし、事故を起こした車だということです」 これまで若山容疑者が起こした事故について証言したのは、新潟県内の自動車修理会社の関係者です。 Q.駐車場にある大破した車は? (自動車修理会社の関係者)「(今月)1日の日に、若山さんが追突事故を起こして、私の貸しておいた車。代車として」 Q.若山容疑者とは長い付き合い? 「13年、14年くらいだと思いますね」 男性が若山容疑者と出会ったきっかけも、事故だったと言います。 「自分(若山容疑者)が勤めていた高校のマイクロバスで遠征して、小さなバンパーをぶつけたとか、擦ったとかっていうのを、直してくれというようなことが最初ですね。(最近)急激に増えたんですね。私も何回も運転は気をつけた方が、極力しない方がいいですよって、ずっと言っていたんですけどね」 Q.身体的な不調とか何か感じられるところってありましたか? 「やっぱりちょっと目がうつろかなっていうような感じはしていました。」
最近では、先月24日に、若山容疑者は自分の車で事故を起こし、男性は代車を貸し出したと言います。しかし、若山容疑者は、その代車を運転中、先月28日にも事故を起こし、さらに―。 (草薙和輝アナウンサー)「若山容疑者は5月1日に自身が修理に出していた車を取りに行くため、代車を運転していたところ大きな追突事故を起こしたと言います。1週間ほどの間に3度も事故を起こしたことになります」 これが今月1日に事故を起こした直後の写真。若山容疑者が運転していた代車の前面が壊れていて、追突してしまったのか、前にある車の後部がへこんでいるのがわかります。 約1週間の間に、3回に及んだ事故。若山容疑者が生徒らを乗せて、死亡事故を起こすのは、この5日後のことです。 (自動車修理会社の関係者)「(代車での事故の)1日の夕方だと思いますね。免許証を返納すると若山さんから連絡がありましたから、それは良かったなと思っていたんですけど、もし6日に高校生を乗せて遠いところに行くというようなことが私が分かったら、もう命懸けで『乗るな』と、警察にも行って止めてもらうぐらいの気持ちはありましたね」
若山容疑者が住んでいたのは、胎内市。十年来、通っていた飲食店で、若山容疑者はこう話していたと言います。 「『6日に北越高校の生徒の遠征で運転する。』『これを最後に免許返納する』と言っていた」 若山容疑者が通っていた別の飲食店の女将は、体調面での変化を心配していたと言います。 (事故前日に訪れた飲食店の女将)「歩幅が狭くなったのは感じていました。あと傘は持って歩いて」 Q.つえ代わりに? 「そんな感じでしたね。『先生、今日雨降る、雨降りましたっけ?』って言ったら、『いやいや、つえ代わりだよ』なんて言っていたから」 若山容疑者、死亡事故を起こす前の夜にも、この飲食店を訪れていたと言います。 Q.前日は何時ぐらいに来た? 「(午後)6時。多分6時10分ぐらいだったと思います」 Q.何時ごろまで? 「タクシー呼んでって言われたのが7時40分だったと思います。」 「焼酎3杯です。いつもうちでは泥酔するようなぐらいまでお飲みにならない」
事故後の検査でアルコールは検出されませんでしたが、店を後にしてから、約10時間後、翌朝5時半に、若山容疑者が運転するマイクロバスは高校を出発し、死亡事故を起こすことになります。 今回、バス会社・蒲原鉄道が、レンタカーを手配し、若山容疑者を紹介したのは、なぜなのか。 Q.テレビ朝日ですが、一点だけ。 (蒲原鉄道 茂野一弘 社長)「すみません、連日ご苦労様で、申し訳ありませんが、先日もお話しした通り、今捜査が始まっている最中でございますので、皆さんにお話する事が今できない状況になっておりますので…」
■バス会社OB 「運転手の手配やめろ」
蒲原鉄道が設立されたのは大正11年。現在の五泉市と加茂市の間、約22kmを結ぶ、地域の鉄道事業者として、重要な役割を果たしてきました。しかし、その後、自動車が一般に普及するなど、時代は変わっていきます。 「蒲原鉄道では、設立当時の鉄道事業は採算が取れなくなるなどして廃業し、現在は市内循環バスの運行や貸切バス事業を行っています。当時の名残として、本社には『村松駅』の文字。さらには鉄道の駅舎が残されたままとなっています」
番組では、バス会社・蒲原鉄道のOBを独自に取材。今回、レンタカーを手配したことなどの背景には、北越高校が重要な取引先だったことも影響していると指摘します。 (バス会社のOB)「常日頃はやっぱり北越高校との仕事は結構もらっていますから、常にレンタカーの場合はそういうことですよ。リベート(手数料)をもらうわけじゃないんだから。あくまでも北越高校さんにいろいろお世話になっている、いろんな仕事をもらっている、レンタカーの手配ぐらいはサービスでやっとけと。やっぱりお客さんは神様、ではないが、要望は応えられるところは応えると」 そもそも北越高校とのパイプを作ったのはこのOBだったと言います。 「当時はやっぱり先生方は、先生個人がマイクロバスを運転して遠征とか行っていたんですよ。で、それを見てて、これは危ないんじゃないかと、学校側に、お金はかかるけどグリーンナンバーを使ったほうがいいんじゃないですかと。営業に入って、そこがきっかけですよ。それからずっと今までのつきあいですよね」 北越高校の仕事を受けるようになったのは、15年ほど前。その当時から、今回のようにレンタカーを手配することもあったといいます。 「レンタカーを紹介するのは違法じゃないわけだから、そこは良いよと。ただそこに運転手を手配すると、当然白バス行為になりかねないので、それは『やめろ』と『するなよ』とは言ってましたけれど、金銭の収受が発生、必ずするわけだから、父兄が運転すればゼロですよ。先生が運転するのならゼロですけども、他人頼んでゼロってことはありえないですから。必ず(金銭を)出せば、白バス行為になるんだから、それはうちが関与しないようにと」 今回、遠征で使われたマイクロバスは、事業用の「緑ナンバー」ではなく、自家用車などで使う「白ナンバー」のレンタカー。運転手が対価を得ていれば、違法な「白バス」行為にあたる恐れがあります。 Q.安全を考慮して(貸し切り)バスをやった方がいいんじゃないかと、北越高校に言った経緯があるという話ですが、一方でレンタカーを認めていたというと安全を担保できなくならないか? (バス会社のOB)「だって相手が金がないからって言われれば、やる方法ないでしょ。先生のほうで父兄から金が取れないから、この予算しかないから、これで蒲原さんやってくれますかって言われて、これはちょっと明らかにまずい金額だから、じゃあレンタカーだなって」 ではなぜ、以前はやっていなかったという運転手の手配まで、今回は行うことになったのか。 「その辺の、営業の考え方が変わったということなんじゃないですか。それはもう今、金子さんが担当ですから、やっぱり(営業)担当者って先生とのコミュニケーションがうまくいってるわけですから、先生から頼まれれば、この予算しかないといったら、じゃあそれでしょうがないですねと。だから(営業担当の)金子さんには言いましたよ。『なんでそこまで運転手まで探さなきゃならなかったんだ』って。『いや学校が(運転手を)見つけられなかったんですよ』と、わからんわけではないけど。もうちょっと確認とか、良い運転手を探せばよかったんじゃないかなって」 Q.その辺、金子さんは何か言っていなかったですか? 「それは言っていましたよ。『紹介しなきゃよかったって』」
顧問は亡くなった、稲垣さんについて― (北越高校 男子ソフトテニス部 寺尾宏治 顧問)「(稲垣さんは)先輩や大人からすると可愛がられるような人懐っこい性格の生徒で、後輩の面倒をすごく優しく見てくれるような子でした。他の部員とは区別はしませんけどもみんなも一緒ですが大好きでした」
5月10日『有働Times』より