つきまとい行為などを繰り返すストーカー行為を取り締まる「ストーカー規制法」の改正案が、今の国会で議論されています。
この法改正に向けて声を上げている作家が香川県の小豆島にいます。元交際相手からストーカー被害を受けた経験を通じて感じた法律の「問題点」について聞きました。
自らのストーカー被害の経験を書籍に
小豆島在住の文筆家・イラストレーターの内澤旬子さん。
世界各地の屠畜現場を取材した『世界屠畜紀行』や、2014年に小豆島に移住するいきさつをつづった『漂うままに島に着き』など、独特の観察眼と緻密(ちみつ)なイラストによるルポルタージュやエッセイを手掛けています。
2019年に刊行された『ストーカーとの七〇〇日戦争』(文藝春秋刊)は、内澤さんが実際に受けたストーカー被害の体験を記したものです。
別れ話をきっかけに、執拗(しつよう)にSNSのメッセージを送りつけてくる元交際相手とのやり取りから警察への相談、逮捕、示談交渉、そして裁判までの過程を克明に記録しました。
そんな内澤さんは、2020年から「ストーカー規制法」の改正を国会議員などに訴えかけたり、クラウドファンディングで費用を募ってつきまといなどの実態調査を行ったりしています。
(小豆島在住の文筆家・イラストレーター/内澤旬子さん)
「ずっと被害者の人権が削られている。『ストーカーとの七〇〇日戦争』を書いたんですけれども、書いてもあんまり変わらないといいますか、進まないなというのがあって」
被害者が語る「ストーカー規制法の問題点」とは
(文筆家・イラストレーター/内澤旬子さん)
「ストーカー規制法をもっとよくするために、もうちょっと被害者に寄り添ってもらうために、他の改正点もあるということを訴えたいと思って声を上げてみようかなと」
ストーカー被害の経験を持つ内澤さん。ストーカー規制法の改正について大きく2つのポイントを上げています。その一つが「動機のしばり」を無くすことです。
(記者リポート)
「内澤さんへのストーカー加害者は警察に2度逮捕されていますが、実は2回ともストーカー規制法違反の容疑ではないんです」
内澤さんの元交際相手は別れ話がきっかけで豹変(ひょうへん)し、フェイスブックのメッセンジャーで執拗にメッセージを送りつけてきました。
SNSでメッセージ送信を繰り返す行為は、2017年の法改正でストーカー規制法が定義する「つきまとい行為等」になりましたが、内澤さんが被害を受けたのは改正前の2016年4月。規制法の「適用外」となり、加害者は脅迫の疑いで逮捕となりました。内澤さんはその後、示談交渉を進め、加害者は不起訴に。
しかし逮捕されたことを逆恨みし、インターネットの掲示板に内澤さんを誹謗(ひぼう)中傷する書き込みを続けたとして、今度は「名誉毀損(きそん)」の疑いで逮捕されました。
ストーカー規制法では「恋愛感情や、それが満たされなかったことに対する怨恨(えんこん)の感情を充足する目的」という要件、つまり「動機のしばり」があり、加害者の2回目の行為は「逆恨み」が原因で、恋愛感情には当てはまらないと判断されたのです。
(文筆家・イラストレーター/内澤旬子さん)
「ちょっとびっくりしましたよね。同じことをしているのに、なんかストーカーになったりならなかったりという形になっているのはちょっとおかしいのではないかと」
つきまとい行為の規制には「迷惑防止条例」もあるが…
恋愛感情によらないつきまとい行為を規制するものとしては、各都道府県が定める「迷惑防止条例」があります。
しかし、内澤さんが47都道府県の迷惑防止条例の条文を調べたところ、長野県や鳥取県のように「つきまとい」に関する条項がない県やSNSによる連続投稿が規制対象になっていないところもありました。
ストーカー規制法では公安委員会が加害者に対して「禁止命令」を出して被害者に接近することなどを禁じることができますが、他の罪の場合はそれができません。
内澤さんの元交際相手は名誉毀損と脅迫の罪で実刑判決を受け服役しましたが、出所後、どこで何をしているのかは分かりません。
2014年に小豆島に移住した内澤さん。海が見える広い家に住んでいましたが、ストーカー被害を受けて引っ越しを余儀なくされました。転居先をなるべく知られないよう業者は使わず、まるで「夜逃げ」のような引っ越し…。
そして、今でも宅配便は自宅宛てにせず営業所まで受け取りに行っています。今回のインタビュー取材も自宅が特定されないよう、島内の宿泊施設を借りて行いました。
被害者としての「終わり」が分からない…
(文筆家・イラストレーター/内澤旬子さん)
「終わりが分からないんですよね。被害者としていつが終わりなのかが分からない。やっぱり何かをしたら言ってくるんじゃないかみたいな。接近禁止命令を出してもらえていれば、もう来たら逮捕ということになるので、それがあるとないとで全然違ってきてしまう」
法改正で「加害者ケア」の義務化を
そんな内澤さんが規制法の改正でもう1つ求めているポイントが「加害者ケア」の義務化です。
ストーカー加害者の一部は一種の「依存症」に陥っていて、薬物依存や窃盗症などと同じく医学的アプローチが必要だと考える専門家もいます。
ストーカーの被害者と加害者の間に入りカウンセリングなどを行っているNPO法人ヒューマニティの小早川明子理事長です。
(NPO法人ヒューマニティ/小早川明子 理事長)
「いくら抑止されても衝動が強くて自分をコントロールできない人がやっぱり(警察からの)警告の後にも事件を起こしたりしてるんですよ。やめられないという疾患性に対してきっちりとアプローチして抑えていくのをやらないといけない」
小早川さんによりますと、薬物依存の人向けに開発された「条件反射制御法」というプログラムを受け、執着していた相手への関心がほとんどなくなったケースもあるそうです。しかし、そこに至る「前段階」に高いハードルがあると言います。
(NPO法人ヒューマニティ/小早川明子 理事長)
「説得して『じゃあ僕も治療受けます』、なんて言う人はかなり治ってるんですね。理性がしっかりしてるから。医療関係者と加害者がとにかく出会うというところまでは何とか行政的な取り組みでもっていけないかなと思うんです」
ストーカー規制法は、女子大生が殺害された「桶川事件」をきっかけに2000年に制定されました。しかし、その後も凶悪事件が後を絶たず、これまでに2度、改正されています。
「もう被害者を出したくない」
内澤さんは、「恐怖心」を抱えながらも被害者として声を上げる理由についてこう話します。
(文筆家・イラストレーター/内澤旬子さん)
「誰かが死んだことで話題になって変わるっていうのをもうやめにしたい。どうしても何かがあって、大きい惨事があってから法律を変えていくっていうのはやっぱりつらい。被害者をもう出なくするためには、被害者が声を上げないとやっぱりダメなのかなと」
国会で規制法改正案の審議 内澤さんの訴えが付帯決議に
警察庁は、GPSを悪用して相手の居場所を特定する行為を新たに規制対象とするなどのストーカー規制法の改正案を、今の国会に提出しています。
4月8日の参議院内閣委員会では内澤さんの訴えが取り上げられ、「恋愛感情」という動機のしばりをなくす検討や、加害者の治療・更生の支援を進めていくことが「付帯決議」に盛り込まれました。
今後、衆議院でも議論されます。