故・手塚治虫さんの業績を記念した「第30回手塚治虫文化賞」(朝日新聞社主催)の贈呈式が6月11日、東京で行われました。初めての単行本『怪獣を解剖する』により新生賞を受賞した高松市在住の漫画家サイトウマドさんが受賞スピーチで語ったのは瀬戸内海の橋脚の島で目にした光景でした。制作中「怪獣って何だろう?」と考え続けていたサイトウさんが改めて気づいたこととは?
エンタメ性と社会性を両立、高い技量が評価
手塚治虫文化賞の「新生賞」は、斬新な表現や画期的なテーマなど「清新な才能を発揮した作者」に贈られる賞です。対象となった『怪獣を解剖する』(上・下巻/KADOKAWA刊)は、かつて大災害をもたらした超大型怪獣の死骸の調査に取り組む解剖学者などを描いた作品です。
贈呈式では、選考委員から多くの賞賛を集めたことが紹介されました。中でも南信長さんは「2025年の新人の作品で一番おもしろかった」と断言。「怪獣は日本を襲ってくる厄災のメタファーで、環境、エネルギー問題につながる。さらにはエンターテインメントとしての完成度が高い」と高く評価したそうです。
前年度短編賞・榎本俊二さんとの縁
受賞スピーチで壇上に立ったサイトウマドさんがまず紹介したのが、漫画家の榎本俊二さんについて。榎本さんは『怪獣を解剖する』と同時に2025年4月に刊行した短編集『解剖、幽霊、密室』(KADOKAWA刊)の単行本に帯コメントを寄せました。
刊行を記念して高松市の書店で開いたサイン会を訪れた榎本さんと直接あいさつを交わす機会に恵まれたサイトウさん。その直後、榎本さんが第29回手塚治虫文化賞で短編賞を受賞し「すごい」と思っていたら、その1年後に自分が同じ賞の新生賞に。「夢にも思っておらず驚きました。先生のご利益があったに違いなく、毎日拝もうと思っております」と語りました。
橋脚の島で見た「つつましき営み」
瀬戸大橋を渡ってサイン会までやってきた榎本さんは「瀬戸大橋を見ると人間ってすごいんだって思うんです」という言葉を残していました。
2025年夏、サイトウさんは瀬戸大橋の橋脚が足を下ろす、坂出市の与島へ盆踊りを見るため足を運びました。与島は2020年の調査で人口65人ほどの過疎の島。盆踊りでは廃校の校庭に組まれた小さなやぐらの周りを島の人々がゆったりと踊ります。そこには、初盆を迎えた遺族が遺灰を白い布に包んで背負って踊るという、独特な弔いの形がありました。その光景は「すごくローカルでつつましやかな営み」として、サイトウさんの心に深く刻まれます。
「怪獣映画みたい」…感じた人間のすごさ
その盆踊りの背景には、巨大な瀬戸大橋が「黒々とズドンと鎮座」。その上を光る電車や車が次々と通り過ぎていきます。サイトウさんはその対比を、「どこかちょっと暴力的だったりシュールだったり、でもちょっと美しくもあるような風景で、怪獣映画みたいだなって思ったりして」と表現しました。
その時、思い出したのが榎本さんの「人間ってすごい」という言葉でした。一つは「こんな巨大なものを造ってしまう人間ってすごい」という意味。そしてもう一つは、「踏みつぶされそうに感じるほど巨大なものの足元で日々の暮らしを続け、毎年死者を弔い、昔から変わらない営みを続けている」というすごさです。
この風景は連載終了後に見たものでしたが、サイトウさんは「『怪獣を解剖する』という漫画はこういうことも言っている漫画だったのかなと、すごく思いました」と話しました。
「これって怪獣かも…」と思いを巡らせて
制作中ずっと「怪獣って何だろう」と考えていたというサイトウさんですが、今回のスピーチを考える中で、改めて多くの気づきを得ることができたそうです。
そして、「作品を読んでくださった方が、何かの風景を見たとか、ふとした瞬間にこのマンガのことを思い出し、『これって怪獣かも…』とか、いろんなことに思いを巡らせてもらえたらうれしい」とメッセージを贈りました。
怪獣の次は「幽霊」…待望の新連載スタート
6月12日発売の月刊コミックビームではサイトウマドさんの新連載『やってくる』がスタート。今回のモチーフは「幽霊」です。
サイトウさんは「怪獣と同じくらい古風なジャンル・モチーフですが、次は『幽霊って何だろう』ということを私なりに描いていけたらいいなと思っております」と新たな創作への意欲を見せ、スピーチを締めくくりました。