太平洋戦争末期の1945年5月24日から26日にかけて「山の手空襲」といわれる大規模な空襲が都心を襲いました。80年を迎え、東京・港区では献花が行われました。
「山の手空襲」では赤坂や青山、原宿の一帯が大きな被害を受けておよそ4000人が亡くなりました。
80年となった25日、東京・港区の表参道にはおよそ100人が献花に訪れました。
15歳で「山の手空襲」を経験した泉宏さんは平和について改めて訴えました。
「山の手空襲」体験者 泉宏さん 「空襲の後ですね。これからウクライナにしたって戦争孤児がいっぱい生まれると思う。その子どもたちの悲惨さというのは語り継がれていない。平和というものを改めて考えてほしいなと思う。それが5月25日、親父の命日であると同時に僕はいつも思うことです」
泉さんから直接、戦争の経験談を授業で聞いた青山学院初等部の児童らも献花に訪れ、平和への思いを口にしました。
青山学院初等部の児童 「今、生きていらっしゃる方は本当に少ないから、その話を聞いた私たちがこれから生まれてくる子どもたちにも教えていかないといけないなと思いました」 「他の国はまだ戦争しているけれど、日本のように戦争してほしくない人だって戦争している国でもたくさんいると思うので、その人たちに向けてお祈りしたいと思います」
また、「戦災殉難諸精霊供養塔」が建立されている北青山の善光寺では追悼法要が営まれ、参拝者らが手を合わせました。