銀幕のヒロインとして、そして作家、ジャーナリストとして多彩な才能を発揮した岸惠子さんが、今月7日、老衰のため、自宅で亡くなりました。93歳でした。
■社会現象になった“真知子巻き”
横浜で生まれ、女学校在学中にスカウトされ、18歳で銀幕デビュー。 1953年の映画『君の名は』で、主人公の真知子を演じ、ストールを頭からかぶる“真知子巻き”が社会現象になりました。
市川崑監督の『おとうと』や『細雪』、山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』など、見る人の心を震わせた代表作は、絞り切れません。
洗練された演技力で幅広い世代を魅了し続けました。その演技力を裏打ちするのは、“知性”でした。
岸惠子さん(当時54) 「東洋人の女の役がある映画なんか見ると、何となく、ひとりで憤慨したりする。私、ヨーロッパと日本の間に、誤解さえも成立しない気がしている。誤解が成立するためには、まず、お互いの人格認識がなきゃならない。その辺がスムーズにいっていないと思う、私の目から見て。西洋人に対して、日本人にもある種の偏見がある」
■パリに移住し ジャーナリストへ
後に夫となるイヴ・シァンピ監督の作品に出演し、ヨーロッパで巻き起こった日本ブームのきっかけをつくります。
パリに移り住んだのは、1957年。個人の海外旅行が解禁される前のことです。
岸惠子さん(当時54) 「(Q.ものすごく勉強した、向こうに行って)私、語学のセンスが全然ない。努力でカバーしなきゃならないから、学校2つくらい行っていた。フランス語できるようになってから、ソルボンヌの文学部に入った。(Q.言葉はできなくても、ニコニコしていればと)ニコニコも若いうちはいいかもしれないけど」
フランスの『5月革命』を目の当たりにし、次第に国際ジャーナリストとして、活動の幅を広げていきます。
1990年代には、『ニュースステーション』で、駐在キャスターを務めました。「国境なき医師団」の創設者には、通訳を介さずにインタビュー。
ナイル川6700キロを45日間かけて訪れたこともあります。シャワーを浴びたのは、2回だけだったそうです。
世界に足を運び、肌で吸収し、発信を続けました。
■戦争体験を後世に 世界から発信
自身にも戦争体験があります。
岸惠子さん(当時74) 「どこと戦争したかも知らない人がいるんですもの。勝ったの?負けたの?って。空が銀色に光って、あとはグワッと低空飛行で、パイロットの顔が見えるくらい焼夷弾とか機銃掃射でも追いかけられて、バッタのように飛び跳ねて逃げて。私は、大人に引きずられて、仮ごしらえの防空壕に放り込まれたけど、ここにいたら死ぬと思ったんですね。どうせ死ぬなら、もっと明るいところで死にたい。気がついたら、公園の松の木に登ってた。(Q.あなたは12歳?)12歳。私だけが助かったんです。防空壕に入った子どもたちは、土砂崩れで、爆風で。急ごしらえですから、きちっと固めてなかったので、生き埋めに」
若い世代へ伝えたいと、戦争を扱う映画にも、多数、出演してきました。
岸惠子さん(当時74) 「あらゆる死に方を見ましたね。爆風で吹き飛んだり、髪の毛が肌にめり込んで、こっちでそよいで。逃げないとだめですよと言ったら、バタッと死体がもたれかかってきたり。だから、私はもう、きょうで子どもはやめる。もう大人の言うことは聞かないと」
■時代の波を 果敢にしなやかに
作家としても評価が高く、2017年に菊池寛賞を受賞しています。2011年には、フランス政府から芸術文化勲章コマンドールを贈られました。
国連人口基金の親善大使も務めました。
岸惠子さん(当時71) 「日本の人が、日本国内でもいろいろな問題があって大変ですけれども もう少し視線を高めに上げて、地球上に、いま、何が起こっているのか、一般の方々に、そういうことを硬い言葉ではなく、ちょっと、たまには、おちゃらけたりもしながら、面白おかしく、自分が見てきたこと、体験したことを伝えていきたいなと思います」
変化する時代を、果敢に、しなやかに、生き抜きました。
岸惠子さん(当時59) 「心に、大変、引っ掛かる人が一人いるんです。頑固一徹で、嫌われているかもしれないイスラエル首相のシャミルさんです。この人が、インタビューの最後に、大変、いい顔で言った一言があるんです。『もし自分にまだ余生というものが許されるならば、生きているうちに隣人たちと、つまりアラブ諸国とのハーモニーをぜひつくりたい。ユダヤの民を、戦いの中にではなくて、平和の中に、安住させる日を見てから、自分は死にたい」と、とても穏やかな顔で仰ったんです。それが、いまも胸に心に響いております」
■「友として誇りに…」
訃報を受け、女学校時代からの親友・草笛光子さんが、自身のインスタグラムを更新し、心の内を明かしました。
草笛光子さん 「自分のスタイルを貫いて旅立ったあなたを、女優として、後輩として、友として誇りに思います」
岸惠子さん(当時88) 「だって、人間って、生まれたときも死ぬときも1人じゃない。孤独に取り込まれてしまったら、めためたと寂しくなる。孤独を取り込んでしまえば、孤独ってすごく自由で、私は好きなんだけど」