西日本豪雨で被災した倉敷市真備町の3つの石材店が協力して、豪雨1年の石碑を製作しています。石碑に込める思いは、「恩返し」です。
倉敷市の老舗に認定されている真備町の蒔田石材店です。4代目の蒔田典幸さん(49)は、お墓の加工などをしています。
(蒔田典幸さん) 「ちょうどあの鉄骨の赤いところ白いところの境目があると思うんです。あの高さまで浸かったんですよね」
昨年の西日本豪雨で全ての機械が水没しました。
(蒔田典幸さん) 「被災した後にこの工場の中入ってきたんですけど、もうこの中のものを見るのが嫌な状況。そのときにもうこれ無理じゃろなっていう気持ちになりました」
今でも時計はあの時から止まったまま。工場にも爪痕が残ります。完全に復旧したのは4月の中ごろでした。
そしてあの日から1年。追悼式でお披露目する石碑の製作を倉敷市から依頼されました。同じ真備町箭田地区の石田石材と岡石材店と協力して製作します。向かったのは高松市庵治町です。重さ4トンを超える石碑のため、真備町では作業が出来ません。
訪れたのは岡谷グラニットです。岡谷健二社長は西日本豪雨の時に、蒔田さんを助けに行きました。
(岡谷グラニット/岡谷健二 社長) 「仕事柄うち大きいトラックもあるので少しだけでも力になればという感じで」
恩返しの意味も込めてお願いしました。選んだ石はほとんど削っていない、自然の石です。
(蒔田典幸さん) 「なかなかこういう表面がないんですよね。こういうつるっとした表面で直接文字が彫れる石っていうのがないから貴重な石ではあると思う」
この日は完成した土台を組み合わせ、バランスを見ていきます。そして少しずつ細かく指示をしていきます。
(蒔田典幸さん) 「声いただいたときにすごいうれしかった。水害がなかったら3軒が集まってなんかをするっていうことがなかったじゃろうし僕らにとってはありがたいことを役所のほうからやらしていただいたなと思います」
今、出来ているのは半分ほど。これから文字を彫るなどして、7月6日に真備支所でお披露目します。
(蒔田典幸さん) 「作っていってる過程で今までこの1年間僕を支えてくれた人たちとか、その人たちの思いも思いながら感じながら、その人たちに『恩返し』をするためにも、自分がこうやって頑張って仕事できてるんですよいうのを見てもらうような形のものが、こういう形の碑になっていくんかな」