顔も本名も明かさず、89歳になった今も絵を描き続ける画家の作品展が岡山県奈義町で開かれ、大きな反響を呼んでいます。先日、画家と家族が美術館を訪れ、初めてカメラの前で思いを語りました。
3月1日まで奈義町現代美術館で開かれている89歳の画家、山本一雄さんの作品展「小さな部屋から」。
面相筆と呼ばれる極細の筆で描き込んだ緻密で色彩豊かな作品や表面がでこぼこになるまで絵の具を塗り重ねた作品も―。
これまでに描いた180点以上の油彩画の中から34点を展示しています。
山本さんが絵に費やした圧倒的な時間と積み重ねによって生まれた、唯一無二の世界観。
(来場者は―)
「感動しました。人生そのものだと思います。どれだけ心を込めて描いておられるかということに一番感動を覚えました」
「絵が表に出て来られたのが、すごく喜んでいる感じがして……。その人の人生を感じ取ることができる、そんな絵」
学芸員の遠山さんは、山本さんのアトリエを訪ねた時に作品展の開催を決意しました。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「(アトリエは)まず狭いと思った。こんな狭いところで描いてるんだって。部屋全体に絵の具が飛び散っているような空間が1つの絵画のようになっていて、あそこで毎日座って毎日絵を描いている山本さんの今のすべての感覚がぎゅっと凝縮されているような感じがして、そういう小さな部屋が再現できたら」
山本さんが暮らしているのは、瀬戸内市にあるハンセン病療養所「長島愛生園」です。
ハンセン病は感染力が非常に弱く、戦後には完治する病気になりましたが、かつて国が進めた強制隔離政策によって入所者やその家族はいわれのない差別・偏見に苦しみました。
35歳で入所した山本さんは病気が治った後も家族と離れて暮らし、身元を伏せるために今も仮の名前を名乗っています。
(長島愛生園歴史館 職員/長島幸枝さん)
「本当に穏やかな方で『絵を見てくれるのがうれしいんだ』といつも言われる。強い思いをお持ちだと思うんですけど、それを表さない。
ただただ絵が好きで毎日描いているのが日課になっているって。絵を見に行ったところで『僕は作家です』とは絶対に言わない、今の状況では。今は言いたくない、顔も見せたくない、でも山本さんの気持ちが『皆さんに認めていただいた』という気持ちになればうれしい」
曲がりくねった道を歩いていく男性の後ろ姿が描かれた「里路」。その先には、まるで時空が歪んだような空が広がっています。遠山さんは現実と幻想が共存する「違和感」が、鑑賞者の想像力を掻き立てると話します。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「リアルを超えたいびつさ。そういう違和感が僕らのひっかかりになると考えると、この男性を中心に視点を誘導してここにたどり着いた時にこの人がどうなっていくんだろうというのが、不安でもあるし希望でもあるし、技法によって鑑賞者の心情を誘導するってけっこうすごい」
画家として実力がありながら、これまでほとんど注目される機会がなかった山本さん。作品には雪景色や枯れ木、カラスや人の後ろ姿など寂しさや悲しさを感じさせるモチーフが繰り返し登場します。
一方で、その色彩は年々明るくなっていると遠山さんは話します。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「山本さんが長島愛生園で家族と離れて暮らしていることは暗い気持ちにもなるんですが、絵を描いていること自体は自分にとって明るいというか、希望みたいなことを色の層で感じられるような描き方になっているので、山本さんが姿を出さないので山本さんの過去のすべてを凝縮した自画像というか、いろんなメッセージを伝えている作品」
美術館が雪景色に包まれた1月26日。この日は休館日でしたが、遠山さんは特別に美術館を開けました。画家・山本一雄さんと娘のAさん(仮名)に作品展を見てもらうためです。
遠山さん「自分の絵だけが」
山本さん「こんなにあったかな……」
遠山さん「アトリエも再現しました」
山本さんの存在を感じてもらおうと、会場の中央には若い頃に使っていた古いアトリエを再現しました。
(画家/山本一雄さん)
「これも懐かしいな。面相筆で描くからものすごく時間がかかる。1点1点、描いたものが分かります。この絵はあの時こういう感じで描いたなって」
山本さん「こんな会場で自分の絵を見るのは初めてだから、これはありがたい」
娘さん「来てよかったでしょ?」
山本さんが長島愛生園に入所したのは、娘のAさんが7歳の時。今は月に1度、面会をしています。
「郷愁」という作品には、山本さんのある心境が秘められていました。
山本さん「(人形を)娘のように思って、自分の娘と別れて1人でここに来たという気持ちがあるからこう描いたと思う」
遠山さん「山本さんの絵って明るいだけではなくて不安とか孤独とかがあって、それは意識されていますか?」
山本さん「意識はしてないけど、やっぱりこういう生活してるからそういう寂しさがあるんじゃないかな」
(画家/山本一雄さん)
「こんな広いところで、見るとまた違ってきますね。うれしいね、こんなにしてもらって、自分の絵でないような気がする。きょう来てびっくりしました。ありがとうございます。とにかく描く目的は好きだから。小さい時から絵が好きでいつまで続くかとは思うけど、元気なうちは描きたいと思います」
(山本一雄さんの娘/Aさん)
「すごく楽しそうで、やっぱり絵が好きなんだなって。日常のことを忘れがちなんですけど、絵に関しては1枚ずつ思い出があって、そう思って描いてたんだなっていうのを改めて教えてもらって、本当に時間をかけて毎日のように描いていたのは知っていたので。それが実を結んだんだなって」
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「言葉というより表情ですよね。自分の絵をここで見ながら、あれだけ笑って、声も明るく、ご家族も喜んでくれていたのがすごくうれしい。鑑賞者の前に立って『僕が描いたんだ』という日がくればいいと思うけど、まずは自分の絵を見てもらえたのが1歩目としてよかったと思います」
(2026年2月10日放送「News Park KSB」より)