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【特集】阪神・淡路大震災から31年 被災地で救護にあたった女性に聞く災害への備え 香川

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 1月17日、阪神・淡路大震災の発生から31年を迎えます。当時、被災地で看護師として救護にあたった女性が災害に備えて大切にしていることとは?

(高松赤十字病院 看護部長/大西順子さん)
「(Q.被災地を目の当たりにした時は?)高速道路が壊れていたりとか、いろんな建物がぐしゃぐしゃになっている様子を見ると、本当にただごとじゃない。これは大変なことが起こったんだなというので胸が張り裂けそうになった」

 高松赤十字病院の看護部長・大西順子さん。当時29歳だった大西さんは、震災2日目に被災地に入り、神戸市の神戸赤十字病院などでけがの処置などにあたりました。

(高松赤十字病院 看護部長/大西順子さん)
「廊下でも、患者さん、運ばれてきた方がソファで寝ていたり、床に座りこんでいたりというような状況。野戦病院というのはこういう状況なんだなって」

 1995年1月17日、淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生し、6434人の命が奪われました。

(高松赤十字病院 看護部長/大西順子さん)
「(患者の)心に寄り添ってあげたかったけど、こちらも初めての体験だったので余裕がない。言われたことをやっているみたいな感じになって、後から考えたら、もっと柔らかい言葉をかけるということができればよかったなと思う」

 31年経った今も当時のことを思い出すことがあります。

(高松赤十字病院 看護部長/大西順子さん)
「人工呼吸をする際の。これは古いものなんでね。(Q.当時使われていたもの?)そうなんですよ」

 震災当時、腰につけていたかばん。三角巾や包帯などがぎっしりと詰められていました。

(高松赤十字病院 看護部長/大西順子さん)
「(Q.重いですね)確かに重いなと思いました」

 被災地から戻った後、応急手当を教えるために赤十字救急法指導員の資格をとり、講習会で一般の人に心肺蘇生の仕方などを教えるようになりました。

(高松赤十字病院 看護部長/大西順子さん)
「普段からの医療行為に対してきっちりできるようになるということ。普段できないことが、急に『何かをしなさいよ』って言われたってできない、絶対に」

 いつ起こるかわからない……。だからこそ、日頃からの十分な備えが必要だと感じています。

(高松赤十字病院 看護部長/大西順子さん)
「それまでは災害ってどうなのかなという思いがあったけど、やっぱり起こるんだ、起こるかもしれない。今後もとなると、いざという時は出動できるというために、日頃から自分自身にも気を付けておかなければいけない」

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