第91代総理大臣を務めた福田康夫さんが亡くなりました。90歳でした。初の親子での総理として日中関係の改善などに取り組みました。
■憲政史上初 親子2代で総理に
福田康夫総理大臣(当時) 「私の内閣はどういう内閣かということになるんですけれども、私は冗談でね、背水の陣内閣というふうに言っております」
総理を務めたのは、政治資金問題に年金記録問題などと自民党に逆風が吹いている時代でした。
第91代総理大臣・福田康夫さんが亡くなりました。
初当選は1990年。総理経験者の父・赳夫氏の引退に伴い、53歳で政界に進出しました。
森内閣と小泉内閣では官房長官を務めます。3年半にわたり政権を支え続け、官房長官の在任期間は当時、歴代最長期間を更新しました。
2007年、体調不良を理由に辞任した安倍元総理の後任として第91代総理大臣に就任しました。父・赳夫氏に続き、親子2代で総理大臣を務めたのは憲政史上初めてのことです。
福田康夫総理大臣(当時) 「一歩でも間違えれば自民党が政権を失う可能性がある内閣」
当時は参議院で与党が過半数を下回る「ねじれ国会」。そんななかでも、公文書管理法の礎をつくり、消費者庁の創設などに尽力をしました。
■「あなたとは違うんです」流行語に
一方で、民主党との大連立による難局打開を図ったものの、それは実りませんでした。
福田康夫総理大臣(当時) 「国民生活のことを第一に考えるならば、今ここで政治の駆け引きで政治的な空白を生じる、政策実施の歩みを止めることがあってはなりません。私は本日、辞任をすることを決意致しました」 「(Q.総理の会見が他人事のように聞こえるという声もあるが)他人事のようにというふうにあなたはおっしゃったけれども、私は自分自身を客観的に見ることはできるんです。あなたと違うんです。そういうことも併せ考えていただきたいと思います。どうもお世話になりました」
総理辞任会見での記者の質問に対しての発言は、その年のユーキャン新語・流行語大賞のトップ10に選出されました。
■公文書管理 日中関係に尽力
2012年には息子の達夫氏に道を譲り、政界を引退します。
しかし、その後も自身が築き上げた意志を貫きました。
2018年、森友問題で行政文書の改ざんなどが発覚した時には「公文書管理法」の生みの親として財務省を強く批判しました。
福田元総理 「公文書で目的とするのは、最終的には国民サービス、そして記録を残すということは大げさに言えば歴史を積み上げていること。改ざんなんて、こんなことはあり得るのかなと」
そして、ライフワークとしていた中国との関係強化に向けた活動は晩年まで続けました。
福田元総理 「私も年に1~2回中国を訪問しますけど、お互いの国が仲良くお付き合いしていくという意味においては交流が大事です。政府と政府じゃないです、人と人の交流が大事です」
日中関係が冷え込むなか、福田元総理の訃報に、北京市民からは…。
北京市民 「中国と親しくしてくれた人ですよね。亡くなったことに哀悼の意を表します、とても残念です」
26日午後2時半ごろ、高市総理が東京都内の斎場を弔問しました。
高市総理大臣 「今ほど遺族のもとにお伺いをし、福田康夫元総理にお別れをしてまいりました。悲しみの念を禁じ得ません」