12月13日から岡山県奈義町の美術館で、89歳の画家の人生初となる絵画展が始まります。展示を手掛ける学芸員と、今も「ある場所」で絵を描き続けている画家の思いをお伝えします。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「これすごいなと思って……。何て言ったらいいんでしょうね。白っぽく見えますけど、複雑な色の層がいっぱいあるんだろうと想像すると、単純に平面の絵ではなくて立体として中身を想像させるような色の付け方」
89歳の画家、山本一雄さんが描いた作品です。面相筆という細い筆で表面がでこぼこになるほど塗り重ねた絵の具は、キャンバスに向き合ってきた時間の長さを物語ります。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「毎日、絵の前に立って色を塗ることが本当に楽しいんだろうと実感したし、描き方も筆に色を付けてブスブスと刺すような」
12月13日から奈義町現代美術館で始まる企画展「小さな部屋から」。山本さんにとって、人生で初めての大規模な個展です。
学芸員の遠山さんは2024年、岡山市のギャラリーで作品に出会い、その魅力に強く惹かれたといいます。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「今回は画家・山本一雄を検証するという展覧会ですけど、『実在感』ですよね。山本さんがいて、今も長島愛生園で暮らしながら絵を描いているというのをこの展覧会で感じてほしい。絵の美しさと同時に山本さんの存在も感じてほしい」
瀬戸内市の国立ハンセン病療養所「長島愛生園」。この場所にある小さなアトリエで、山本さんは半世紀以上絵を描き続けています。
充満する油絵の具の匂いと使い込んだ道具……。これまでに描いた油彩画は200点を超えています。
企画展の開催にあたり、遠山さんは長島愛生園に何度も足を運びました。気さくで穏やかな性格の山本さんですが、画家として公の場に姿を見せることはありません。
1971年、35歳で長島愛生園に入所した山本さん。「山本一雄」は本名ではなく、身元を伏せるために用いた仮の名前「園名」です。
ハンセン病は感染力が非常に弱く、戦後には完治する病気になりましたが、国が進めた強制隔離政策によっていわれのない差別や偏見が根強く残っていました。
山本さんは病気が治った後も家族と離れて暮らし、今も園名を名乗っています。
山本さんと長年関わってきた職員の長島さんは……。
(長島愛生園歴史館 職員/長島幸枝さん)
「(ハンセン病療養所の)入所者が描いた絵というのではなく、1人の画家として、アーティストとして、素晴らしい絵として評価していただくというのが、本人にとってはとてもうれしいことではないかと思う。山本さんは当事者として、(顔や本名を)出さない方がいいという思いがずっとあるんです。でも絵を見た人が『この作家は素晴らしい』と言った時に、山本さんが『これは自分が描いた絵なんだ』と言いたくなってくれたらうれしい」
山本さんは、40歳ごろから現在まで公募展に出品を続け、県内最大規模の「岡山県美術展覧会」で何度も入選しています。
画家としての実力がありながら89歳になるまで注目を浴びる機会はほとんどなかった山本さん。部屋を訪ねると、「企画展を見に行きたい気持ちがある」と話してくれました。
遠山さんは、油彩画とともに、山本さんのスケッチを展示することにしました。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「モチーフをスケッチから探していたり、日記のように使っていたりしたので、その様子も感じてもらえたら」
山本さんの日常の一部だったスケッチは1000枚を超え、油彩画に使われているさまざまなモチーフや長島愛生園の風景が繰り返し描かれています。中には「毎日同じものを300枚描く」など、画家としての熱意が込められたメモも見つかりました。
長年の積み重ねによって完成された緻密な筆使いと複雑な色彩。絵の中には冬景色やカラス、枯れ木などのモチーフや山本さんが自分自身だと語る「人の後ろ姿」が何度も登場します。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「選び取っているモチーフが悲しさや寂しさを連想してしまう。でも山本さんに聞いたら『好きだから描いている』としか言われないので、本当のところは分からないけど深層心理のところで惹かれているということは、山本さんが生きてきた人生や時間を想像してしまう」
松本清張の小説を原作にした映画「砂の器」をモチーフに描いたシリーズ作品。山本さんはハンセン病に対する差別や偏見をテーマにした物語に感銘を受けたといいます。
複雑な心境が見え隠れする一方で、その作風は年々色彩が明るくなり、オリジナリティーあふれるものになっていると遠山さんは話します。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「矛盾した行為をしているような気がして、悲しい思いもあるけど描くのが楽しいという。生きている実感というか、矛盾を抱えながらやっていく、一筆一筆が生きていく実感みたいなのを感じさせるから惹かれる」
会場の中心には、山本さんが若い頃に絵を描いていた古いアトリエを再現することにしました。イーゼルや当時使っていた道具などを並べる予定です。
(奈義町現代美術館 学芸員/遠山健一朗さん)
「ハンセン病の問題とか隔離の問題とかも終わった問題ではなくて現在も進行形で残っている問題なので。それを山本さんが生きて描いているということで実感してもらうには、描いているものや姿を見せたい。そうすることで立体的に空間が広がっていくので、絵画展ではあるけど、山本一雄という人間を体感するインスタレーション作品みたいな空間でもあると思う」
山本一雄さんの絵画展「小さな部屋から」は2025年12月13日から2026年3月1日まで奈義町現代美術館で開かれます。
(2025年12月8日放送「News Park KSB」より)