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東京オリンピックの聖火リレー ランナーそれぞれの思い 香川

 東京オリンピックの聖火リレーが17日と18日、香川県の8市9町で行われました。

 聖火ランナーを務めた179人は一人一人がそれぞれ特別な思いで聖火をつなぎました。

親子2代で聖火ランナー 父から息子へつながる“思い”

 17日朝、香川県直島町にフェリーで向かっていたのは高松市のクリエイター集団、「瀬ト内工芸ズ。」の部長、村上モリローさん(42)。

 13年前、59歳で亡くなった父親の逸男さんも1964年、前回の東京オリンピックの聖火リレーに中学生のころ参加していて、親子2代で聖火ランナーを務めます。

 そんなモリローさんが、自分の走る姿を見せたいのが6歳の長男、挑士郎くんです。

(直島町の聖火ランナー/村上モリローさん)
「お父さんが聖火ランナーで走って楽しくやってたなというのは記憶に残ると思うんで。何でも楽しんで思いっきりやる(姿勢)というのは見せたいなと思いますね」

 直島町で4人目のランナーを務めたモリローさん。前のランナーからトーチに聖火を受け取った後に決めるポーズでは「父に向けて『今から行くよ』というサインを送ったつもりでやりました」と天に向けて人差し指をかざしました。

 トーチを掲げ約180メートルの区間を笑顔で走るモリローさん。
 沿道では、挑士郎くんたちが声援を送ります。

(クリエイティブディレクター/村上モリローさん
「(息子に)これを見てもらえてよかったなと思いますね。3代続けて、親子続けてオリンピックがつながていくというのもまた他とは違うつながり方で、つないでいけたらいいかなと思いますね」

(挑士郎くん)
「(Q.お父さんどうだった?走ってるの)かっこよかった」

(モリローさん)
「かっこよかった?お父さんに言って、お父さんに」
(挑士郎くん)
「お父さん、1000倍かっこよかった」
(モリローさん)
「ありがとう~」

一歩一歩ゆっくりと……そして着実に「前に」

 観音寺市で聖火ランナーを務めた毛利公一さん(39)は車いすで生活しています。

 大学時代は関東インカレで優勝するなど陸上の棒高跳びで活躍していた毛利さんですが、2004年に海の事故で頸髄を損傷。

 首から下が自由に動かなくなりました。

 それでも「自力歩行」を目指して毎日5時間以上のトレーニングを続けています。
 聖火ランナーに選ばれてからは自分の足で聖火をつなぐことを目標にしてきました。

 聖火リレー当日の朝はあいにくの雨……。

 濡れた路面ですべると大けがの危険があるため雨の場合は車いすを使うことになっていました。

 午後6時、スタート地点の上空には晴れ間が広がっていました。いよいよ毛利さんのチャレンジが始まります。

 「いちに、いちに……」後ろで支える作業療法士に声を掛けながら一歩一歩ゆっくりと……そして着実に前に進みます。

 多くの人に見守られながら、約100メートルを4分かけて歩いた毛利さん。自分の足で、次の走者に聖火をつないだあとの表情はとてもすがすがしいものでした。

(聖火ランナー/毛利公一さん)
「楽しかったです。何とかやり終えたことの達成感と心地良い疲労感そういうものを同時に感じています。いつもと違った目線で目線の高さで歩けたことは、とても気持ちよかったんですが、仕事とか活動する上では謙虚な姿勢でやりたいと思います」

(毛利さんの父親/毛利貴行さん)
「本当にうれしかったです。よくやりました。本当によく頑張ったと言ってやりたいです」

(毛利さんの母親/毛利幸子さん)
「立って歩けたのが一番ですね。もうそれだけで……ありがとうございました」

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