インターネットやゲームの依存状態に陥るのを防ごうと、香川県教育委員会が児童・生徒に配布している「学習シート」。この内容を巡り、2023年、「医学的、科学的な誤りがある」などとして研究者らの団体が県教委に公開質問状を出しました。そんな中、2024年度配布された学習シートはどう変わったのでしょうか?
「ネット・ゲーム依存予防対策学習シート」は、2020年に全国で初めて香川県で施行された通称「ゲーム条例」に基づく施策の一つです。
県教委が作成し、2020年度から県内の全ての小中学生に配布しています。ネットやゲームの1日の使用時間を記入したり、保護者と一緒に家庭でのルールを作ったりします。
この内容を巡り、ギャンブルやゲームなどへの依存的な行動に関する調査研究を行う「日本行動嗜癖学会」は、2023年8月、県教委に公開質問状を出しました。
参考資料として示されている画像や説明などについて「医学的・科学的な誤りがある」などと指摘し、県教委としての見解を求めるものです。しかし、県教委はこの質問状に回答しませんでした。
(香川県教育委員会/淀谷圭三郎 教育長)
「(学習シートは)専門家の監修、助言をいただきながら研究論文などからの資料抽出や表現等の工夫を行って作成したものであり、日本行動嗜癖学会からのご指摘については一つの意見として受け止めさせていただきます」
2024年度版の学習シート どう改訂?
7月、2024年度の学習シートが完成し、児童・生徒に配布されました。
2023年度までとの大きな変化は「スマホ等の利用時間と正答率との関係」という折れ線グラフが削除されたことです。
1日にスマホを使う時間が長い児童・生徒ほどテストの正答率が低いことを示したグラフですが、元になった県の学習状況調査では、「朝食を毎日食べる」「学校の決まりを守る」など正答率との関係が同じような形になるグラフは他に16項目あります。
つまり、スマホやゲームの長時間利用と成績不振の間には「因果関係」があるのではなく、両方に影響を及ぼす別の要因がある、「擬似相関」が疑われ、行動嗜癖学会は「統計データの恣意的な運用」だと指摘していました。
今回、グラフを削除したのはこの指摘を受けたことが理由かと思いきや、学習シートを作成した県教委の義務教育課は「データが2019年度と古いもので、それ以降、同じ観点で分析を行っていないため」だとしています。
誤り指摘も掲載つづく…なぜ?
一方、同じく行動嗜癖学会から指摘があった「ネット・ゲームの使いすぎによる脳への影響」という図は2024年度も残りました。
「ゲームに依存している人の脳では、感情や思考を司る青色の部分が変化してしまっている」という説明ですが、引用元の論文は、ゲームを長時間プレイしているたちとそうでない人たちの脳を比較したものであり、「因果関係」を示したものではないといいます。
(日本行動嗜癖学会理事・公立諏訪東京理科大学 [脳科学]/篠原菊紀 教授)
「ゲームをやればこうなったのか、元々こういう人がコントロールしにくくなってゲーム障害化していくんだっていうことの因果関係が分からないのに出して、これで気づけっていうのは科学教育としていかがなものか。これはもう病気だから治療しなきゃいけないとか、普通にゲームと付き合ってる人に対する偏見を生むっていうことにもなると思う」
教育長の定例会見で質問をぶつけました。
(山下記者)
「なぜ、さもネットゲームを使いすぎると脳が萎縮してしまいますよというふうな受け取り方を、小中学生がしてしまうような図をこの5年間にわたって載せ続けているのか」
(香川県教育委員会/淀谷圭三郎 教育長)
「それも一つの見識だというふうには思いますし、因果関係が科学的(に不確か)というところもご意見はあるんだろうと思いますけれども、やはり中でですね、そのいろんな伝え方、伝え方ですね、伝え方をする上で、それを残した方がいいというのが今年の判断ではなかったかと思います」
(山下記者)
「こういった科学的な因果関係もないような図を載せることで、今ゲームにハマりすぎている子どもたちに罪悪感を抱かせたり、偏見や誤解を与えることになってませんか?」
(香川県教育委員会/淀谷圭三郎 教育長)
「そういうふうな受け止めもあろうかと思いますけれども、毎年より良いものになっていくように日々考えていくものかなというふうに思っています」
(山下記者)
「でも5年目ですよね、この学習シート」
(香川県教育委員会/淀谷圭三郎 教育長)
「教育の過程ですから、5年が長いか短いかというのは人それぞれだと思いますけれども、やはり毎年毎年、内容は見ながらですね、より良いものにしていくというのが我々のスタンスです」
学習シートの改訂 どんな議論が?
2024年度の学習シート改訂にあたって、教育委員会の内部や監修者との間でどんな議論があったのか、情報公開請求を行いました。
2人の監修者とのメールのやりとりも開示されましたが、その中で、公開質問状を受けて「脳への影響」の図などをどう扱うかの議論はありませんでした。
一方、監修者の意見を受けて修正された箇所がありました。それまで「ゲーム症(ゲーム依存症)」としていたのが「ゲーム行動症(ゲーム症)」に。「WHOが認定した国際疾病」が「WHOによる国際疾病分類」に文言が変わりました。
監修者はメールで「『依存症』という語は誤解や偏見につながりやすい懸念があり、該当する子どもたちの立場を守るためにも今一度検討ください」としています。このメールを送った監修者は、県の依存症治療拠点機関である高松市の三光病院の海野順院長です。
県教委は、脳への影響の図などが2024年度も残ったことについて「監修者の意見を頂きながら総合的に判断した」としていますが、海野院長は我々の取材に対し「県教委との間で、公開質問状を受けてどうするかという議論はなかったと記憶している」と述べました。
質問状を送った「日本行動嗜癖学会」の井出草平さんは……。
(日本行動嗜癖学会理事・多摩大学情報社会学研究所/井出草平 客員准教授)
「科学的に間違った、いまだに間違えた記述というのがありますので、それは正しく訂正していただきたい。ゲームとかスマホとかインターネットを、恐怖の対象、怖いものだということで使わせなくするような書きぶりというのをやめるべきだと思います」
(山下記者)
「今回は公開質問状という形で質問されているので、(県教委は)少しは耳を傾けるというか、対話の窓口を持ってもよかったのかなというのは思うんですけど」
(日本行動嗜癖学会理事・多摩大学情報社会学研究所/井出草平 客員准教授)
「僕とか学会の人間がですね、香川県の議員とかですね、知事とかに何かしら関係を持っていれば直せると思うんです。まあ部外者が言ったところで……っていうのもあるのかもしれないですね」
依存対策の学習シート 活用状況は?
過去3年間の香川県学習状況調査で、学校が『どのように学習シートを活用しているか』についての回答です。
「学活等で指導した」「それに加えて懇談会で活用した」「さらに事後指導した」をあわせた割合に対し、「配布したが活用していない」という割合が年々増え、2023年度は小学校の14.6%。
そして、中学校ではさらに多く、2023年度は26.8%。約4校に1校は「配ってるだけ」という現状のようです。
(山下記者)
「『ゲーム条例』の内容や制定過程をめぐっては全国的に批判の声があがり、われわれも継続的に問題点を指摘してきました。ただ、そのことによって県や議会、教育委員会の中に『自分たちの非を認めたくない』という過剰な防衛意識が働き、施策の中身についてオープンな議論やアップデートがされにくい状況が生まれているとしたら、県民にとって不幸なことではないかと感じます」