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【特集】「船の体育館」解体へ 発見された構造設計図の原図が語るものは 香川

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 特徴的な外観から「船の体育館」と呼ばれる旧香川県立体育館。老朽化が進み、県が解体に向けた準備を進めています。そんな中、これまで表には出ていなかった体育館の構造を記した設計図の「原図」が新たに見つかりました。構造計算にコンピューターが使われていなかった時代、斬新なデザインの建物をどう実現させたのか? 手書きの設計図から読み取れるものとは……。

(香川県教育委員会/淀谷圭三郎 教育長)
「解体工事費用につきましては、現段階では10億円程度を要するものと考えております。速やかに必要な工事費等の予算が計上できるよう調整したいと考えております」

 2024年の6月定例香川県議会。淀谷教育長は2023年8月から行っていた旧香川県立体育館の解体実施設計の結果を踏まえ、解体工事費の概算などを明らかにしました。

 60年前、1964年に完成した旧香川県立体育館。柱がない大空間を実現するためケーブルで屋根をつるした「つり屋根構造」と、前後に大きく屋根がせり出し、和船を思わせる外観から「船の体育館」の愛称で親しまれてきました。

 しかし、建物の老朽化が進み、耐震性に問題があるとして2014年に閉館。
 2017年にアメリカのワールド・モニュメント財団が、緊急に保存が必要な「危機遺産リスト」に登録するなど、貴重な建築物の保存・再生を求める声が上がる中、2023年2月……。

(香川県教育委員会/工代祐司 教育長 [当時])
「苦渋の選択ではございますが、解体するとの方針を固めた」

 県教委は解体前や解体中に3D測量や動画撮影などデジタル技術も駆使して記録保存し、その文化的価値を後世に残す方針です。

丹下健三のデザインの裏で安全を支えた岡本剛 

 この体育館の設計は外観や内観、間取りなどをデザインする「意匠設計」を丹下健三さん(1913~2005)の事務所が。

 土台や骨組みといった建物の安全性を確保する「構造設計」を岡本剛さん(1915~94)の事務所が担当しました。
 どちらも、日本の戦後モダニズム建築の代表作を多く手掛けています。「船の体育館」は世界的な建築家、丹下さんの大胆なデザインの裏で、建物の安全を支えた岡本さんの存在抜きには語れません。

構造設計図の原図に「試行錯誤」の跡

 その岡本さんが残した貴重な図面が、折しも解体の方針が決まった2023年、見つかりました。

 建築構造を専門とする東海大学の田中正史准教授。2023年8月ごろ、東京都武蔵野市の岡本さんの家にあった資料の整理を遺族から依頼され、船の体育館の構造設計図の「原図」約60枚が見つかったのです。

(記者)
「最初に見たときはどんな感じでした?」

(東海大学 建築都市学部/田中正史 准教授)
「この原図の複製がアメリカのハーバード大学の建築のアーカイブに収蔵されていることを知っていたので、あ、その原図がまだ日本にあったんだっていう、まず驚きが一番でしたね」

 建築工事の発注者である香川県も青焼きの複製図を保有していますが、「原図」ならではのものがあるといいます。

(東海大学 建築都市学部/田中正史 准教授)
「やっぱり人間がその当時作っていた筆跡、もしくは消しゴムで消した跡で、何度も何度も試行錯誤しているような跡が見れるっていうのが原図の魅力。これがコピーしてしまうとすごく解像度が粗くなってしまって、情報があるところが消えてしまうので」

 現在、建築物の設計はCADやBIMといったコンピューターソフトを使って行われていますが、当時は全て手書き。施工業者に向けて屋根から光を採るトップライトの位置を「座標軸」で記すなど、一つの図面の中に情報が細かく書き込まれています。

 さらに、完成版だけでなく、途中段階の図面も残されていました。

(東海大学 建築都市学部/田中正史 准教授)
「パッと見は同じ図面が2セットあるようなイメージがあるんですけど、実際は作っている段階で設計変更されて、どういう変遷があるとか、どういう変更理由があったかっていうのは詳しく調査していくと面白いのかなと。何度も何度も計算して、図面化して形にして、また意匠の丹下事務所さんの変更したいっていうような要望を形にしていくのに、じゃあどこで安全に造れるかっていうことをこの図面が(表している)」

「手計算」で床の安全性を検証

 田中さんがこの構造設計図で最も感銘を受けたというのが……。

(東海大学 建築都市学部/田中正史 准教授)
「観客席を支える、この部分の構造なんですけど……」

 正面エントランスから大きく反り上がった「ワッフルスラブ」と呼ばれる格子状の床の構造です。

 その内部には、アリーナの観客席が階段状に設けられ、どの席からも競技が見やすく設計されています。

(東海大学 建築都市学部/田中正史 准教授)
「当時手計算していた時代に、斜めの格子のこの部分の安全性を検証するために方程式を解いて一つずつ、人が乗った時にどれくらいの重量でたわむかとか計算してるんですけど。《構造計算書の説明に【63元連立一次方程式を立てる】という説明》 未知数が63個あるのか!と。私としてはコンピューターがない時代、手計算で全部やっていくっていうのは気が遠くなるので、とても感銘を受けているんですけども」

解体の判断「丁寧に県民と議論を」

(記者)
「岡本剛さんもそうですけど、この建物を実現するために多くの人の情熱が注ぎ込まれてるんだろうなというのを改めて感じたんですけど、あんまり知られてないですよね。県民に」

(東海大学 建築都市学部/田中正史 准教授)
「そうですよね。なかなか完成したものを見ると、そこから造った人がいなくなってしまうので、こんなふうに造ったっていうのを思いが知れる機会というのは少ないんですけども。誇りに思ってもいいぐらいの建物なのかなというふうに思ってますけどね」

 船の体育館の解体の方針を決めた理由について、県と県教委は、2025年にサンポート高松に新たな県立アリーナが開館し体育館としての役割を終えていることや、民間に利活用策を募ったものの、県の財政支援を受けずに持続的な運営は難しいと判断したことなどを挙げています。

(東海大学 建築都市学部/田中正史 准教授)
「どうしても時代とともに社会の要請が変わって、建物の用途が体育館として使われにくいので、新しい体育館を使うのでもう不要ですよねっていう、合理的な考え方、判断っていうのは一つの思考であって。まだもっと選択肢があった上で議論されてもいいのかなとは思うんですよね。解体していいっていう判断を、もう少し丁寧に県民の方と一緒にしていった方がいいのかなというふうには個人的には感じています」

「発見された設計図展」を高松市で開催

 田中さんは、船の体育館の完成に至るまでの試行錯誤や、つくり手たちの熱意の痕跡を多くの人に知ってもらおうと、今回見つかった設計図の原図などに解説を加えた展示会「沈みゆく船からの手紙」を開きます。21日から9月17日まで高松オルネ4階のアートギャラリーで開かれ、入場は無料です。

【8月21日追記】会期は当初8月25日までを予定していましたが、9月17日まで延長となりました。

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