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【特集】もう一つのWBC「障害者野球・世界大会」へ 岡山・香川から選出の日本代表4人の決意 11月に福岡県で開催

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 2026年11月、「もう一つのWBC」と呼ばれる障害者野球の世界大会が福岡県で開催されます。この日本代表に岡山・香川から4人の選手が選ばれました。

熱い言葉でチームを引っ張るキャプテン

 新見第一中学校の野球部・監督を務める槙原淳幹さん(36)。 2023年に続いて2大会連続で障害者野球の日本代表に選ばれました。

(障害者野球 日本代表/槙原淳幹さん[36])
「大きな大会で、皆さんが目指されている舞台に立たせていただくんで、負けられないな……というのは一つ思っていますね」

 槙原さんが日本代表に選ばれたことに教え子は……

(槙原さんの教え子)
「教師しながら野球するってなかなか体に負担がかかるのに、すごいなと思いました。熱い先生で叱ってくれるときは叱ってくれるけど、ちょっとクラスが盛り上がるとノリで盛り上がっちゃう感じの先生です。面白いことを言ってチームを盛り上げてほしいと思います」

 障害者野球チーム「岡山桃太郎」ではキャプテンを務める槙原さん。熱い言葉と全力プレーでチームを引っ張っています。

 初代表となった2023年の世界大会でも、変わらない熱い姿勢で日本の世界一に貢献しました。

 そして今回は……

(障害者野球 日本代表/槙原淳幹さん[36])
「今回キャプテンをさせていただくということで、『槙原がキャプテンの時に負けた』と言われたくないですし、勝ちたいですね。気持ち全然違いますね、楽しくないですね(苦笑)」
「でも……こんな歳になって野球を通じてそういう苦しみを味わえるというのは、一人の人間としての喜びというか、成長させていただく機会を与えていただいたのは本当に幸せなことだと思っています」

 「日本代表のキャプテン」として臨む2回目の世界大会。ただ……前回と違うのは役割だけではありません。

(障害者野球 日本代表/槙原淳幹さん[36])
「昨年7月に肩についてお医者さんからドクターストップがかかってしまって……」

 槙原さんは幼いころの事故の影響で右腕が自由に動かせません。そのため、守備もバッティングも左手一本でこなしてきました。
 しかし部活でノックを打ち続けたこともあり、左肩は深刻な状態になっていました。

(障害者野球 日本代表/槙原淳幹さん[36])
「このままだったら日常にも影響が出る肩の状態だったので『バットは一生振ってはいけない』と言われました」

 選手としてできることは限られますが、槙原さんが日本の勝利のために全力を尽くすことに変わりはありません。

(障害者野球 日本代表/槙原淳幹さん[36])
「どんな立場でも、チームが勝つためにできることは全てやっていく。ただ要所要所では自分の言葉とか、げきによってチームが奮い立つような、そんなキャプテンになれたらと思う」

日本の柱 3大会連続で背負う「1番」

(岡山桃太郎/早嶋健太さん[30])
「同じ岡山の槙原さんを支えつつ自分のできるプレーを精いっぱいさせてもらいます」

 3大会連続の日本代表となった岡山桃太郎の早嶋健太さん(30)。過去2回は投打でチームを引っ張り、日本の2連覇に貢献。2大会連続でMVPに選ばれました。

(障害者野球 日本代表/早嶋健太さん[30])
「1回目はもう『挑戦』というか、自分がやってやるんだという気持ちでがむしゃらにやっていて、2回目は『2回MVPを取ってこそ本物だろう』と思って。3回目は……『人を残したい』というのが僕の中にはあって……」

 障害者野球の世界に入って10年……。早嶋さんは「1番」の後継者を意識するようになりました。

(障害者野球 日本代表/早嶋健太さん[30])
「『1』は僕にとっては特別な番号で、僕が入った時は槙原さんが背番号1をつけていたんですけど……で僕に譲っていただいて」
「打つのも、走るのも、投げるのも、人間的にも引っ張ってくれるような人がつけていた番号なので、『日本代表の背番号1』というのも希望させてもらったんですけど、その背番号1を僕がまた誰かに譲れる人が現れてくれたらいいなと思っていますし……」

 早嶋さんは、3大会連続で日本の「1番」を背負います。障害者野球を盛り上げるためにも、後継者が現れることを願いながら、簡単に譲るつもりもありません。

(障害者野球 日本代表/早嶋健太さん[30])
「根本的には負けず嫌いなので、やっぱりトップを取ってやろう、一番を取ってやろうという気持ちはあるので、やるからには『優勝とMVP』というのはこだわってやっていこうと思う」

元プロ野球選手が日本代表に…「みんなに感謝」

(香川チャレンジャーズ代表/山中達也さん[37])
「自分の野球人生の中で日本代表で野球できるというのがもううれしかったですね」

 初めて日本代表に選ばれた山中達也さん(37)。過去にはプロ野球の広島カープや香川オリーブガイナーズなど高いレベルで野球に打ち込んできました。しかし、2011年に海の事故で首を骨折、右半身にマヒが残りました。

 それでも2021年、香川県で初めての障害者野球チーム「香川チャレンジャーズ」を立ち上げました。当初は裏方でしたが、2023年には選手登録してマウンドに上がると、2024年春にはチームを全国制覇に導きました。

(障害者野球 日本代表/山中達也さん[37])
「選手になったのも、このチームの選手に『一緒に野球をやりたい』という思いを伝えてもらって選手に戻ったというのがあるので、本当にみんなには感謝の気持ちです」

野球経験ゼロから代表に…

 この山中さんとともに香川から日本代表に選ばれたのが、キャッチャーの平川亘紀さん(30)です。

(障害者野球 日本代表/平川亘紀さん[30])
「驚きしかないですね。『ほんまに自分でええん?』って感じだったですね」

 平川さんは香川チャレンジャーズの立ち上げとともにチームに参加しました。野球経験はゼロ。最初はなかなかうまくいきませんでした。

 21歳のとき、交通事故で首の骨が折れた影響で、左半身にはマヒが残り思うように動かせません。

 それでも平川さんは「ボールを捕るときに左手の動きを右手でサポートする」という独自の方法を編み出しました。

(障害者野球 日本代表/平川亘紀さん[30])
「動いていたところが動かなくなったとか、できてたことができなくなったというので落ち込んだりはしたんですけど、落ち込んでもよくはならんし……。どうやって使えば左側が動くかなとかは考えてやったらええんかなって」

 平川さんは練習でも試合でも大きな声でチームを盛り立てます。そこには「キャッチャー」としてのこだわりがありました。

(障害者野球 日本代表/平川亘紀さん[30])
「キャッチャーっていうポジションって、みんながこっちを見てくれるからそこで暗いやつが座っていてもみんな楽しくないじゃないですか。だから元気を出してシーンとしないように心掛けています」

(障害者野球 日本代表/山中達也さん[37])
「(平川さんは)元気がいいので、声で助けられた部分もあるので。彼も初心者のところから野球を始めて、日本代表まで選ばれたので、いつもバッテリーを組んでいますが、心強いキャッチャーに育ってくれたと思います」

Q.山中さんのボールで一番いいのは?
平川さん「やっぱりカーブかな」
山中さん「そこは全部やで(笑)」

(障害者野球 日本代表/平川亘紀さん[30])
「山中さんの球を一番受けさせてもらっているんで、あの人が輝けるように、投げやすいようにしときたいなというのはあります」

(障害者野球 日本代表/山中達也さん[37])
「やっぱり(世界大会でも)バッテリーを組んで勝利の喜びを味わいたいと思います」

 日本を含めて5つの国と地域が出場する「もう一つのWBC」。11月の本番に向けて、それぞれの思いを胸に準備を進めています。

【大会概要】
第6回 世界身体障害者野球日本大会
 ・2026年11月21日、22日開催
 ・福岡県北九州市
 ・出場:日本、韓国、チャイニーズ・タイペイ、アメリカ、プエルトリコ

(2026年3月16日放送「News Park KSB」より)

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