「人間ばなれしてる…。なぜ外部形態でそこまで分かるのか…⁉」
共同研究者らが舌を巻く、岡山大学の貝類の専門家の〝驚異の目″が発見の原動力になりました。
岡山大学学術研究院の福田宏准教授(環境生命自然科学学域)らの研究グループは、沖縄県西表島で見つかった未知の巻貝類を研究し、ミヤイリガイの新亜種(あしゅ)であることを突き止めました。福田准教授は貝類の分類学が専門で、これまでに54の新種・新亜種に学名をつけています。
「亜種」とは分類学上で種より一つ下の階級で、種をさらに細かく分けたものです。一つの種の中に複数の亜種が含まれる場合もあります。例えば、トラという「種」は、ベンガルトラ、スマトラトラ、アムールトラなどいくつかの「亜種」に分けられます。
福田准教授らは新亜種「イリオモテミヤイリガイ」として正式に記載・命名し、2026年2月にアメリカの軟体動物学専門誌に発表しました。
イリオモテミヤイリガイは、2020年、沖縄県西表島の山中の滝の周辺で見つかりました。水しぶきがかかるような岩盤の上や、繁茂するシダの間にいたということです。第一発見者は東京大学の澤田直人特任研究員と同行者でした。
澤田研究員らから種の同定依頼を受けた福田准教授は、未知の貝を生きた状態で受け取り、ある日、動く様子を眺めていたところ「顔やしぐさ」が〝ミヤイリガイそっくり”だと気付きました。
水の中をはいながら触角を目いっぱい左右に広げた独特のしぐさや、目の前後の白い斑点など全体の印象から「ビビっ」ときたそうです。
すぐにDNA解析を依頼し、その結果と、生殖器・消火器・泌尿循環器・中枢神経系の解剖学的な特徴などから、ミヤイリガイの亜種(同種別亜種)であると証明されました。
<同グループのミヤイリガイは日本住血吸虫の中間宿主>
新亜種イリオモテミヤイリガイが、「ミヤイリガイ」の亜種と判明した瞬間、福田准教授は、避けて通れない大きな問題を抱えることになりました。それは、ミヤイリガイの「ある特殊な事情」によるものです。
ミヤイリガイは、かつて哺乳類などに寄生し重篤な感染症を引き起こした日本住血吸虫(じゅうけつきゅうちゅう)の「中間宿主」として知られています。かつてこの感染症により、山梨県の甲府盆地、広島県福山市周辺、福岡県筑後川下流域などでは多くの人が命を失い、岡山県でも南西部を中心に被害がありました。
「中間宿主」とは、寄生生物が「一時的」に寄生する相手の生き物のことで、日本住血吸虫のライフサイクルは次のようなものです。
水の中にいる日本住血吸虫の幼虫はミヤイリガイの体内に侵入し、皮膚感染できる「セルカリア」という段階に達すると再び水の中に泳ぎ出て、哺乳類など(終宿主)に寄生します。哺乳類などの体内で生まれた卵はフンや便と一緒に排出され水の中でふ化します。
1900年代、日本住血吸虫を駆逐するため、「中間宿主」のミヤイリガイは徹底的に駆除され、1980年代までに日本住血吸虫症の国内感染例は完全に途絶えました。各地で「終息宣言」が出され、日本住血吸虫は(研究施設などを除き)長年、国内で確認されていません。
一方、ミヤイリガイは山梨県のごく限られた地域で生息しています。
(岡山県内の生物の状況を示す県レッドデータブックは、ミヤイリガイを「絶滅」としている)
<危険性を示す証拠は現時点でなし>
これまでの特殊事情を踏まえ、福田准教授らは、ミヤイリガイに近縁の新亜種が日本住血吸虫の中間宿主となるか否か、「これは最大の焦点」だとして、住血吸虫の専門家・独協医科大学の桐野雅史講師と連携してさまざまな調査・研究を行いました。その結果、日本住血吸虫の中間宿主となる可能性を示すデータはないということです。
西表島の発見場所の周辺の川の水の解析では日本住血吸虫のDNAは検出されず、西表島の生息地周辺で過去に被害もなく、飼育個体を使った室内の感染実験でもイリオモテミヤイリガイの体内から日本住血吸虫の幼虫(セルカリア)が泳ぎ出ることはありませんでした。
ただし、潜在的なリスクの評価には、引き続き研究が必要だとしています。
<イリオモテミヤイリガイの保全>
これらの状況や、イリオモテミヤイリガイの生息地が滝の周辺に極限されていることなどを踏まえ、福田准教授はこの貝の早急な保全措置を求めています。