戦後80年の節目を迎えた8月6日、広島市で開かれた原爆犠牲者慰霊の平和記念式典に出席した石破総理は、戦争の惨禍を繰り返さない決意を改めて強調した。石破氏は式辞で、平和公園前にある「教師と子どもの碑」に刻まれた、歌人・正田篠枝さんの短歌「太き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつまれり」を万感の思いで2度読み上げ、追悼の辞とした。9日には、長崎市で行われた平和祈念式典に出席した石破氏はあいさつの中で、長崎医科大学で被爆した故・永井隆博士が残した随筆「長崎の鐘」の一節、「ねがわくばこの浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ」を紹介した。被爆地からの平和を願うメッセージを、広島に続き長崎からも発信した。
戦後80年の節目にあたり、「戦争検証」を柱とした見解の発出をめぐり、石破氏は8月6日、広島平和記念式典出席後の記者会見で、戦後80年メッセージの形式や時期について「よく考えたいと思っている。どの時期が最も適当なのかということをよく考えていきたい」と述べ、発出に意欲を示した。しかし、時事通信は8月2日、複数の政府・自民党幹部が、石破氏は当初検討していた終戦記念日(8月15日)の発表を見送る意向で、また、日本の降伏文書調印日(9月2日)での公表する案も見合わせる方向であることを報じた。党内からは慎重論も出ている。元経済安全保障担当大臣の小林鷹之氏は3日、インターネット番組で、「私は(80年談話を)出す必要は全くないという立場。70年談話を安倍総理が出され、あれが全てだと思っている。基本的にはあれを踏襲していく」と主張した。一方、公明党の斉藤鉄夫代表は6日、「こういう節目の80年に総理がご自分の意見や見解を述べることに何ら違和感はない」と発言し、石破氏の姿勢を支持した。ジャーナリストの鈴木哲夫氏の取材に応じた石破氏は7月23日、「今年は戦後80年。あの戦争が何だったのか、なぜ多くの命が失われたのかを国会や政府として総括しなければならない。8月15日の終戦の日も含め重い年だ。そのためにも辞められない」と語っていた。
自民党は8日、党本部で両院議員総会を開き、石破氏(党総裁)の進退をめぐり賛否が交錯した。会合は約2時間、党所属議員297人のうち253人が出席し、発言は35人。7月28日の両院議員懇談会では、開催時間は約4時間半、236人が出席、64人が発言した。両院議員総会では、「石破辞めろ」の声と擁護論がぶつかった。出席した閣僚経験者の一人は「『辞めろ辞めろ』ばかりでくだらない。騒いでいるのは大方、旧安倍派と旧茂木派。参院選の検証も終わっていないのに辞めろは早すぎる」と苦言を呈した。中堅議員は、「これから多数派工作が始まるだろうが、内輪揉めを見せただけ。これでまた支持率が下がる」と指摘した。一方、辞任を求める動きはさらに公然化している。比例代表で落選した旧安倍派の長尾敬元衆院議員は4日、「即、石破総裁に辞任を求める」と明言。7日には青山繁晴参院議員ら党内保守系グループが石破氏の辞任を要求し、衆参計75人が賛同したと発表した。中堅議員の一人は「本気で石破おろしをするなら電光石火でやるべきだった。これではいじめのように見える」と批判した。
森山裕幹事長は8月8日、両院議員総会後、党則第6条4項に基づく臨時総裁選の実施是非について、総裁選挙管理委員会に確認を求めた。同条項は、自民党所属国会議員と都道府県連代表の過半数(342人中172人)の要求があれば臨時総裁選を行うと規定している。現在、衆参国会議員(議長除く)は295人、都道府県連代表は47人。旧安倍派、旧茂木派、麻生派の有志は総裁選前倒しに向け署名集めを準備している。自民党の総裁選挙管理委員会の逢沢一郎委員長は6日、「自民党の歴史でこういう経験はない。委員会として仕組みを作り上げる必要がある」と述べたうえで、「委員11人のうち6人が欠員のため、総裁・執行部で人選の決定が先決である」と強調した。
★ゲスト:久江雅彦(共同通信特別編集委員)、鈴木哲夫(ジャーナリスト) ★アンカー:杉田弘毅(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)