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【聖火リレー企画①】56年前に聖火リレーで走った男性、2度目の舞台へ 「特別な思い」で挑む 岡山

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 東京オリンピックまであと5カ月となりました。香川では4月に、岡山では5月に聖火リレーが行われます。「希望の灯つなぐランナー」と題して、岡山・香川を走る注目の聖火リレーのランナーを17日から3週間にわたってシリーズでお伝えします。

 56年前の東京オリンピックの聖火リレーで走った男性は今回、再び聖火ランナーに選ばれある特別な思いを胸に走ります。

(2度目の聖火ランナーに選出/松山正春さん) 「あの辺から火が見えた煙が見えますから、煙が見えたときは緊張しました」 (Q.聖火が入ってきた時は歓声が上がった?) 「すごかったですよ うおーって感じで」

 当時の盛り上がりを語るのは松山正春さん、76歳。前回、聖火ランナーとして岡山を走ったのは半世紀以上前のことです。

 1964年9月、前回の東京オリンピックの聖火リレーが岡山県で行なわれました。

 香川県から船で聖火が引き渡され、岡山県では43区間85.2キロに渡って聖火が駆け抜けました。

 松山さんは当時20歳、岡山大学医学部の学生で陸上競技部に所属していました。

(松山正春さん) 「20歳の時にはすごく緊張しましたね 胸がドキドキ鳴るような感じで。ちょうどあのバス停の辺ですよね。あのバス停がスタート地点」

 前回、松山さんは岡山市北区の清輝橋から岡山中央郵便局前までの約1.2キロメートルを走りました。約30万人の観客が応援に駆け付けたといわれています。

(松山正春さん) 「この辺へ両親やおじいちゃんおばあちゃん、同級生も来て応援してくれててうれしかったですね」

 あれから56年が経ち、今は岡山県医師会の会長を務めています。当時使ったトーチも大切に保管されていました。


(松山正春さん) 「(重さが)1.2キロぐらいっていわれていました。手が疲れた思い出があります」

 今回はグループランナーとして市内約200メートルを走る松山さんは、家族と「ある約束」をしています。

(松山正春さん) 「孫が病気をしておりまして、白血病で。応援に来てくれる?って言ったら『行く』って」

 2歳の孫の丈くんに、勇姿を見せたいと考えています。

 半世紀を経て再び走る舞台へ、特別な思いで挑みます。

(松山正春さん) 「(大きくなっても)覚えられるようなパフォーマンスをしようかなと。孫に元気を与えたい」

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