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【特集】「やっていない」隣人殺害事件で無罪を主張する86歳の被告 高裁判決へ 岡山

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 2019年4月、岡山県美作市で当時96歳の女性が頭を殴られ殺害された事件の控訴審判決が8月4日に言い渡されます。1審では、隣の家に住む86歳の男が殺人の罪で懲役12年の判決を受けましたが、「自分はやっていない」と一貫して無罪を主張しています。
 直接の証拠がないこの事件、改めて争点をお伝えします。

 2019年4月4日、美作市小房の住宅近くで、ビニールシートをかけられた当時96歳の女性の遺体が見つかりました。
 警察は、隣の家に住む農業・小林幸夫被告(86)を死体遺棄の疑いで逮捕。のちに検察が殺人と死体遺棄の罪で起訴しました。

事件の引き金はスモモの木の伐採?

(記者リポート)
「事件の引き金になったとされるのが小林被告の自宅と、隣の家のちょうど境い目に生えているスモモの木の伐採をめぐるトラブルでした」

 小林被告は、スモモの木の枝が伸び、被告の家の屋根に葉っぱが落ちてくるため、4月3日午前9時半ごろ、チェーンソーで枝を伐採していたところ、隣の家に住む女性(当時96歳)から「切ってはいけない」と強く注意を受けました。被告は「女性の家族から許可を得ていた」と説明しましたが、聞き入れられませんでした。

 検察側の主張によると、小林被告はこのことに腹を立て、鈍器で女性の後頭部などを数回殴って殺害。自宅からビニールシートを持ってきて遺体全体にかぶせて隠したとしています。

 一方、弁護側の主張によると被告は、注意を受けてすぐに伐採をやめ、午前10時半ごろに再び現場を訪れたところ、女性が倒れているのを見つけました。そして、「病気で倒れていると思い、寒くないようビニールシートをかけた」としています。その日の深夜、女性の姿が見当たらないと家族が警察に通報しました。

(記者リポート)
「行方不明になった女性の捜索には近所の人も加わりました。小林被告もその中にいましたが、前日、こちらで倒れていた女性にビニールシートをかけたという出来事を誰にも話していませんでした」

検察「犯人しか知らない事情を知っていた」

(記者リポート)
「女性の遺体が見つかった後、小林被告がこちらの農機具倉庫の中にいるところを警察が発見しました。その際のやり取りが被告の犯行を裏付ける重要な証拠となりました」

 警察官の職務質問に対し小林被告は「切った木が女性の首の後ろあたりに当たって倒れた」と述べたとされています。

 検察は、この発言について被害者が鈍器で後頭部を殴られたという「犯人しか知らない事情を知っていた」証しだと主張しました。

 一方、弁護側は、女性を殺害したのは自分だと警察官から何度も強く迫られた結果、やむなく「木が当たったかもしれない」と回答したにすぎないと主張しました。

被告には軽度の知的障害と発達障害、難聴も

 今回の裁判の特異な点は、被告に軽度の知的障害と発達障害がある上、難聴だった点です。

(小林被告の親族の男性)
「聞こえてなくても、最初は『え、なんですか?』って言うんですけど、それ以上言わすのが申し訳ないと思うのか、次に(相手が)もう少し大きい声で言われるとそれは聞こえてなくても『はい、はい』と言うんです。自分の意思でない返事をすることがこれまでの普通の生活でもあったんです」

 小林被告は現在、岡山刑務所に勾留されています。7月26日、妻の初江さん、親族の女性と一緒に、記者も被告と接見しました。

(記者リポート)
「接見で小林被告はかなり大きな声を出しても聞き取りづらそうにしていました。そのため、家族は紙に文字を書いて筆談をしていたのですが、『はんにんになっていることをどうおもいますか?』という問いかけの『はんにん』という言葉を理解するのにかなり時間がかかっていました」

鑑定医は「誤解されることが多い」と指摘

 裁判で鑑定を行った岡山大学病院の医師は、小林被告について軽度の知的障害の影響で質問や指示への理解力が不十分で、抽象的な言葉は理解できていないと指摘しています。

 一方で、広汎性発達障害の特徴として「繰り返し作業を丁寧に行うことは得意」で、日常生活や農作業に支障はないため周囲の人に「理解できているはず」と誤解されることが多いとも鑑定されています。

 30分間の接見でも、質問に対する答えという双方向のコミュニケーションはほとんどとれず、同じことを何度も繰り返す場面がみられました。

(小林被告の妻/初江さん[76])
Q.自分は殺してないというのは何度もおっしゃってましたね。
「そうです。『私は殺しておりません』ということを何回も言いました。正直の上にバカがつくくらいで、うそをついたりはないです」

被告が女性にシートをかけた理由は?

 「倒れていた女性にシートをかけた」という供述についても弁護側は「被告の障害を踏まえて考えてほしい」と主張します。
 亡くなった女性は、「てんかん」が疑われる発作により、一時的に意識を失うことがたびたびあったことが近所では知られていました。

(亡くなった女性の親族)
「葬式を田舎でして念仏かなんかする時に(女性が)バーっと倒れて気絶されたもんだから、どないしようっていう時にふと気が付かれただけで。で、普通どおり帰られたんです。ゲートボールの仲間が皆言うとられましたね、よく倒れるって」

 そして、小林被告の亡くなった兄もしばしば「てんかん」の発作を起こしていて、時間が経てばすぐに意識を取り戻すものだという思い込みがあったということです。

(小林被告の弁護人/板垣和彦 弁護士)
「普通の知能があれば、そういや自分がきのう(シートを)かけたよ、てんかんだからもう治ってると思ってたけど、その後いなくなったのかなと思ってるんだと、ちゃんと説明を奥さんにしたりとか捜索している人に言ってる方がむしろ普通なんでしょうけど。そういうところはうまく人に伝えられない、誤解されやすい」

凶器が見つからず、直接の証拠はなし

 今回の裁判では凶器は見つかっておらず、被告が女性を殺害したことを決定づける直接の証拠はありません。

 弁護側は、第三者による犯行の可能性があると主張しました。

岡山地裁は懲役12年の有罪判決

 しかし、2021年2月に岡山地裁で行われた裁判員裁判では、「被害者が死亡した後の被告の言動は、犯人でないとすれば合理的に説明できない」などとして弁護側の主張をすべて退けました。そして、「障害の影響で短絡的に犯行に及んだ可能性は否定できないが、考慮するにしても限度がある」などとして、懲役12年の有罪判決を言い渡しました。

 一方、死体遺棄については「死体を放置しただけでは遺棄罪には当たらない」と無罪となりました。

(小林被告の弁護人/板垣和彦 弁護士)
「小林さんの障害特性、それから発想、意思伝達の能力の無さを理解せずに、小林さん犯人説を前提に集めた証拠や携わった人たちの話を受け入れたというか、批判的に見なかった」

何カ月経っても「僕はしてません」

 実は、小林被告の妻の初江さんも逮捕当時は、夫の犯行を疑ったそうです。

(小林被告の妻/初江さん[76])
「シートかけとんのがうちのシートだったしそう思ってたんですけど、何日経っても何カ月経っても『僕はしてません』とずっと言ってましたから。あの人がしてないと言うことは絶対してないわなと私は思ったんです。しとったら絶対あんなに頑張れる人じゃないんです。とてもじゃないけど、すぐ何でも。ちょっとしたうそをついてもすぐバレよった、ニヤッと笑って白状しよったんです」

 弁護側は控訴審でも改めて無罪を主張し、「疑わしきは罰せずという刑事裁判の鉄則に今一度立ち返ってほしい」と訴えました。

 判決は8月4日に言い渡されます。

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