2023年4月に行われた香川県議会議員選挙。激戦となった高松市選挙区の新人候補の中に、建築士の男性がいました。出馬のきっかけは、香川県が「船の体育館」こと旧県立体育館を解体する方針を示したことでした。これまで政治や選挙に無縁だった男性が選挙を通じて訴えたこととは?
4月9日投開票の香川県議選で激戦区になった高松市選挙区には、建築士の男性が立候補していました。
(香川県議選に立候補/河西範幸さん)
「香川県議会議員になるために、立候補いたしましたーー!」
新人で、地域政党「かがわ船の党」の共同代表、河西範幸さん(44)。第一声を挙げたのは、高松市の旧香川県立体育館の前です。
(香川県議選に立候補/河西範幸さん)
「先日発表された解体の方針というのは本当に一方的なものでしかありません」
丹下健三設計の名建築 県が「解体」の方針
世界的な建築家、丹下健三が設計し、1964年に完成した旧香川県立体育館。特徴的な形から「船の体育館」の愛称で親しまれてきましたが、老朽化のため2014年9月に閉館。
「建築的な価値が高く、地域のシンボル的存在だ」として閉館前から体育館の保存、再生を訴えてきたのが建築士の河西さんでした。
しかし、2023年2月……。
(香川県教育委員会/工代祐司 教育長[当時])
「苦渋の選択ではございますが解体するとの方針を固め(た)」
県は、体育館の解体方法や費用などを把握するための事業費、約4700万円を2023年度の当初予算案に計上しました。
3月1日、河西さんらは解体方針の撤回を求める国内外の5557人分の署名を教育長に提出しましたが……。
(香川県教育委員会/工代祐司 教育長[当時])
「解体の方向という方針を変えることはありません」
教育長のこの発言を受け、河西さんは地域政党を立ち上げ、告示まで1カ月を切っていた県議選への出馬を決断しました。
(香川県議選に立候補/河西範幸さん)
「十分な議論がされているのかされていないのかということすら見えないっていう不透明な状況だと思うので、そういう状況を打破するためには、もう自分が議会に入るしかないのかなと」
告示1カ月前の出馬決意…ポスター貼りが難関
(かがわ船の党 共同代表/河西範幸さん)
「いよいよ当日という感じはありますけど、気持ちの余裕はないですね」
香川県議選に立候補を届け出るため、自ら県庁を訪れた建築士の河西範幸さん。
定数15の高松市選挙区には現職と新人あわせて22人が立候補しました。届け出を終えると、街頭演説用の腕章や旗など、いわゆる「5つ道具」を受け取り、選挙戦がスタートです。
船の体育館前での「第一声」。建築士仲間らが応援に駆けつけました。
(船の体育館再生の会 理事/平野祐一さん[建築士])
「河西さんの意気込みにやはり驚きましたね。新しい風を議会に吹かせてくれたらなと思っています」
候補者にとって最初の難関が「ポスター貼り」です。直島町も含む県議選・高松市選挙区にはポスター掲示板が540カ所。河西さんはグーグルマップを使って掲示板の設置場所に「ピン(目印)」を立て、協力してくれる仲間たちに割り振りました。
河西さん本人が担当するのは80枚ほど。選挙カーを走らせつつ、ポスター貼りに公示後ほぼ2日間を要しました。
(かがわ船の党 共同代表/河西範幸さん)
「政党に所属したら楽なんだなってめっちゃ思いますね。(Q.勝ち負けよりも出ることに意義がある?)いやいや勝ちたいですよ、そりゃ」
選挙戦はわずか9日間。人通りが多い市中心部の商店街を練り歩きながら、街頭演説を行い、認知度アップを図ります。
(かがわ船の党 共同代表/河西範幸さん)
Q.船の体育館への(有権者の)関心は、どうですか?
「そんなことよりも、何かこの議会がちゃんと機能していないんだよということを言ってあげると『あぁ、そうなんだ』みたいな感じで」
(有権者と河西さんのやりとり)
「(船の体育館の存廃は)本来であれば、有識者会議とか話し合いがまずあって、それを議事録とか、テレビ中継でもいいですけど、ちゃんと県民が見られる状態に」
行政の「意思決定過程の透明性」を
河西さんらが立ち上げた地域政党「かがわ船の党」は、船の体育館 解体の是非という単一の争点を掲げる、いわゆる「ワン・イシュー型」の政治団体ではありません。訴えているのは、行政や議会の「意思決定過程の透明性」です。
香川県教委が船の体育館の利活用策を民間から募った調査で、河西さんたちは、企業とタッグを組んで具体的な事業計画を提案しました。
しかし、「県の財政負担がある」として採用されず、詳しい説明やその後の意見交換の場はありませんでした。
また、2月県議会では船の体育館の解体方針や解体準備費用について議員から質問は全く出ませんでした。
(かがわ船の党 共同代表/河西範幸さん)
「県民の方々にどういうったことなのかという理由を直接話していきたい。そして、みんなの声を香川県政に届けたい」
選挙戦最終日の夕方から夜にかけ、河西さんは市中心部の2カ所でそれぞれ1時間以上、街頭演説を行い、マイクを収めました。
挑んだ選挙戦 「かがわ船の党」の今後は
開票日、河西さんの事務所には選挙運動を支えた仲間たちが集まりました。しかし……。
河西さんの得票は1578票で、22人中19位。15位の当選ラインには4000票あまり及びませんでした。
(かがわ船の党 共同代表/河西範幸さん)
「でもまぁ、大きな一歩を踏み出せてよかったです。ありがとうございました」
かがわ船の党からは共同代表で、書店やギャラリーを営む小笠原哲也さん(50)が高松市議選に立候補。同じく「市民の声を届ける」ことを掲げ、スケートボードパークの整備や子ども食堂の開設などを訴えましたが、当選には至りませんでした。(1114票・52人中49位)
高松市議選の開票から一夜明けた午前8時、街頭を清掃する河西さんと小笠原さんの姿がありました。
3月に選挙への出馬を決めて以降、毎週月曜の朝に行っている活動です。
(かがわ船の党 共同代表/河西範幸さん)
「社会に訴えたいことはあって、自分の中でこれはおかしいということがあったので。選挙に出る、で、自分が議員になるというのは手段の一つとして捉えていた。この選挙を終えて思うのはそんなに簡単なものじゃなかったなと……」
「かがわ船の党」は、地域政党として今後も地域の課題解決に向けた活動を行い、「船の体育館の再生もあきらめない」としています。