西日本豪雨で被災した倉敷市真備地区の女性が、水害の怖さを次の世代に伝えるため、水に浸かった「しるし」を残す取り組みを進めています。
倉敷市真備地区に住む守屋美雪さん(77)。箭田地区まちづくり推進協議会のメンバーとして30年以上地域の活性化や防災教育に取り組んでいます。
(守屋美雪さん)
「みんないらっしゃい。ここまで来て」
守屋さんの呼び掛けで5日、公民館に小中学生を含む地域住民約15人が集まり、西日本豪雨で水に浸かった箇所を示す「浸水ライン」を取り付けました。
「浸水ライン」は、2019年に箭田まちづくり推進協議会が取り付けたものです。
(記者リポート)
「こちらでは腰の高さほどまで西日本豪雨の際、浸水しました。その記録を残そうと浸水ラインが設置されていますが色あせてしまっています」
守屋さんは「ライン」をきれいに引き直す活動を通じて、災害で起きたことや教訓を伝えたいとしています。
(守屋美雪さん) 「これからの時代の人がしっかりしないといけん」
(片岡里美さん[中3]) 「美雪さんはまだこれから」
(守屋美雪さん) 「美雪さんは老いるばかり」
(片岡里美さん)「160(歳)まで生きる」
(守屋美雪さん)
「高齢なのでこれから伝えるのにも限りがある。子どもたちにこうやって一緒に活動することで覚えてもらってそれをまた伝えてもらう意義は大きい」
守屋さんは、西日本豪雨が起きる前から災害の怖さを伝える活動をしています。
豪雨発生の2年前、守屋さんたちはまちの建物などに「オレンジライン」という印を付ける活動を始めました。印をつけたのは、西日本豪雨で決壊した小田川の堤防と同じ高さです。
(守屋美雪さん)
「ここまで来るよという危険信号」
活動の背景には、守屋さんが祖父から聞いた明治時代の大水害の記憶がありました。
(守屋美雪さん)
「流木につかまって流される人やいろんなものが流れてきて人が流れるのを見たという話を聞いて、ものすごい恐ろしい災害と思った」
当時の記録は写真集に残っています。1893年、明治26年の水害で被災した真備地区の様子です。
この時の死者は180人にのぼったということです。
(守屋美雪さん)
「そんなことがあってはいけないという気持ちを強くした。聞いたのも50年以上前だが、こういう活動の原点になって、人の体験談はとっても大切」
オレンジラインは、今でも真備地区のさまざまな場所で見ることができます。西日本豪雨では、実際にオレンジライン付近まで水が押し寄せました。守屋さんは、災害で実際に起きたことや教訓を伝えていくことが大切だと話します。
(守屋美雪さん)
「西日本豪雨の皆さんのいろんな思いをしっかり後世に伝えたいという思いは、私もその中の一員でないといけないという自覚もあるし子どもたち自身が伝えてくれる。大人たちが伝えるだけでなく大人も子どももみんなして伝承していくことが大事だと思う」
(2026年7月6日放送「News Park KSB」より)