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熊本地震“街のシンボル”なぜ倒壊? 日本製紙が会見

社会

 町のシンボルのような存在でした。なぜ煙突は倒壊したのか。日本製紙が会見で明らかにしたことは。

■熊本地震 日本製紙が会見

日本製紙 瀬邊明社長 「9名の尊い命を失うという本当に悲しく残念な事態となった。多くの関係の皆様にご心配とご迷惑をお掛けしていることを、この場をお借りして深くおわび申し上げます。誠に申し訳ありません」

 なぜ、9人もの命が失われたのか…。その経緯が分かってきました。

日本製紙 山邉義貞八代工場長 「この煙突は重油を使うボイラーで工場の発電、並びに蒸気を発生させる設備。地震当時は停止中だった。この倒壊により、9名の方が亡くなられた」

 死者38人を出した熊本地震。日本製紙の八代工場では最も多い9人の犠牲者を出しています。

 豊富な木々と球磨川の豊かな水に恵まれた熊本県八代市。江戸時代から和紙の名産地として知られ、前身から100年以上の歴史を持つ八代工場は現在の上皇様が皇太子時代に訪問されています。

 東日本大震災では被災した工場に代わって増産を請け負うなど、長く日本の「紙づくり」を支えてきました。

 その街のシンボルでもある赤と白の煙突が今回の地震で5本のうち3本が折れてしまいました。

 折れてしまった煙突が工場の敷地内に落ちてしまっています。

八代市で60年理容室を営む70代の人 「(Q.昔から工場の様子を見ていた?)釣りをするから煙を見ていた、強いか弱いか。なじみがあった。もう見られない…。寂しい、皆そう言っている」

■“街のシンボル”なぜ倒壊?

 今月5日に行われた会見では1本の煙突の倒壊の下敷きとなり、9人が死亡したと発表しました。なぜ崩落したのでしょうか。

日本製紙 杉野光広副社長 「メカニズム、これは地震といっても場所でかなり揺れ方が違うんじゃないか。専門家に入っていただいて色々、調査すべきである。調査委員会を立ち上げて、きっちり検証して参りたい」

 去年、新聞紙の生産をストップするなど、ただでさえデジタル化の逆風が吹いていた工場。今後、どうなるのでしょうか。

日本製紙 瀬邊明社長 「閉鎖は現時点では考えていない。私もこの工場には勤務経験もございまして大変、思い入れの強い工場でございます。地元の人はご存じかと、八代工場は市街地に近い。本当に地域の皆様に支えられて今日まで成長してきた工場。こういう被害を受けて『これからどうしていくか』としっかり考えないといけない。私どもにとって非常に大切な工場」

■JR鹿児島本線 運転見合わせ続く

 日常を取り戻そうとする人々も…。

 八代市のホームセンターでは店舗内での営業を再開しました。店舗も被害を受けたため、ヘルメットを配りながらの再開です。

飲食店を営む人 「断水で水が店も出ないのでタンクを見に来た。ありがたい。心強い」

ホームプラザナフコ東八代店 佐々木啓安店長 「少しでも欲しいものが手に入る環境を整えるのが私たちの使命」

 復旧が長期化するものもあります。

 JR九州によりますと、鹿児島本線では「宇土」と「八代」間での運転見合わせが続いています。

駅を利用する高校生 「電車だと熊本駅から30分くらいで着く。高速も止まってて車で親に送ってもらったり、わざわざ。(車だと)長い時、2時間かかる」 「色んな人に迷惑掛けているので早く復興できればいい」

近くに住む人 「(以前は)買い物や食事行ったりしてたけど、ほとんど行けない状態。列車が通らないと本当に不便」

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