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救助したくてもできず…被災地に派遣された男性 後輩消防士に伝える思い 香川【東日本大震災15年】

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 東日本大震災から3月11日で15年です。発災当時、消防士として被災地で救助にあたった香川県の男性が当時の活動を後輩の消防士らに伝えました。その思いとは。

(被災地で救助活動/直井 淳さん)
「こっちの方はこんな状態で道路がなくて。(3月)16日に入ったんかな。5日後に。その前に自衛隊が道を作ってくれたって。入ってから何も情報がなくて行方不明者がいるかも分からず」

 丸亀市消防本部・予防課課長の直井淳さん(55)。15年前、消防士として活動していた直井さんは東日本大震災の発災後に香川県から宮城県気仙沼市に応援部隊の一員として派遣されました。

 その自身の経験を3月、消防本部の職員らに伝えました。

(被災地で救助活動/直井 淳さん)
「(Q.そこに水のたまりがあるじゃないですか?)これ地盤沈下。(Q.そこの潮の満ち引きは関係ないんですね。)真ん中の方に車が1台あって頭らしきものが見えているんだけど、行けない。重機もないし。悔しい思いもした」

 救助したくてもできなかった、当時の活動をありのまま伝えました。

(丸亀北消防署 管理予防担当/松本景子さん)
「その当時は育休でお休みをいただいていたときだったのでどんな活動だったか詳しく知らなかったんですけど、活動が難しい状況だったことを含めて勉強になりました」

 直井さんらの部隊は、福島第一原発の事故もあり、関東での待機を経て発災5日後に津波で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市に入りました。

(被災地で救助活動/直井 淳さん)
「最初に衝撃的だったのは道路に毛布でくるまれたものがずっとあるんです。最初何かな?と思ったんですけど、どうもご遺体なんじゃないかってなって。それがずっと道沿いに置いとかれているんです。そこは今でもその光景は忘れられないですね」

 気仙沼市で3日間、人命救助に当たりましたが助けられた人はいなかったといいます。

(被災地で救助活動/直井 淳さん)
「リアス式海岸で高低差があってのぞいたら浮いている影はあるんですが、行けないので、太平洋で波が寄せてきているので、自衛隊のボートも行けない。もどかしいのもありました」

 直井さんが今でも脳裏に焼きついている光景が、寝泊まりした中学校の体育館です。

(被災地で救助活動/直井 淳さん)
「時計が2時46分で止まっているんですよ。近々卒業式があったんだと思うんですけどそれが地震でできなかったんですよねっていうのがありますね。こんなになるんだな一瞬でっていうのがあります」

 震災から15年、丸亀市消防本部でも変化がありました。

(被災地で救助活動/直井 淳さん)
「(Q.何食分ぐらいあるんですか?)第1便が9人いきます。9人の3食分。朝昼晩になります」

 15年前は十分ではなかった災害時用の食料などの備蓄が今では倉庫に備えられています。

 また、全国の各部隊がどこでどのように活動しているかがリアルタイムで把握できる消防庁のシステムや通信が困難になる災害現場で衛星で通信できる機器などが導入されました。

 今後30年以内に60%から90%以上の確率で起こるとされる南海トラフ地震。岡山・香川では最大震度6強から7、最大で約3mから4mの津波が押し寄せると想定されています。

 直井さんは自分の身を守ることを一番に考えてほしいとしています。

(被災地で救助活動/直井 淳さん)
「自ら逃げる。まずは自分の安全を確保すると。それによって周りも逃げる姿を見て逃げてくれるかもしれない。生存率も高まると僕は信じています」

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