岡山屈指の観光エリア、倉敷美観地区。今、この美観地区の周辺エリアでは、住民団体が歴史的な町並みを次世代に引き継ぐためのルール作りに取り組んでいます。観光振興と歴史エリアの保存を両立するための試行錯誤が続いています。
美観地区の「町並み保存」 住民らがガイドライン
白壁の蔵屋敷など、趣ある景観が今も残る倉敷美観地区。全国旅行支援が始まり、多くの観光客が訪れています。
この歴史的な町並みを次の世代に引き継ぐためのルール作りに取り組んでいる人たちがいます。2006年に地元の住民など約270世帯で発足した「倉敷伝建地区をまもり育てる会」のメンバーは、あるハンドブックの制作を進めています。
美観地区で新しく商売をはじめる人などに、地区の歴史や商売のルールを知ってもらうためのハンドブックです。
ピクトグラムなども使い、内容が分かりやすくなるよう工夫されています。デザインを担当したのは、倉敷市地域おこし協力隊の澤江亜玖里さん(23)です。
(倉敷市地域おこし協力隊/澤江亜玖里さん)
「住民の方も住んでいることを、こういうブックを見てもらって、より伝われば」
ガイドブックは11月にも完成する予定です。このエリアで町並みの保存運動が始まったのは、戦後のことです。
倉敷市によりますと1949年、倉敷民芸館の館長や歴史学者らが、全国初の地域住民による町並み保存団体「倉敷都市美協会」を設立しました。
そして1968年、倉敷市は町並みの保存を目的とした「倉敷市伝統美観保存条例」を制定し「美観地区」の名を付けました。1979年には国の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)」に選ばれています。
県の調査によりますと、新型コロナの影響を受ける前の2019年、年間約330万人が美観地区を訪れていました。一方で、美観地区の町並みの保存地区には、今も約340人が暮らしています。
そして近年、県外からの出店などが増えていることに対し、地域では懸念する声も出ています。
(美観地区で暮らす人は―)
「ここ10年20年で、いろんなお店もできたし、いいことだと思っているが、割とごちゃごちゃしてどうかなと思っている」
倉敷市などによりますと2019年ごろ、美観地区に大手コンビニエンスストアの出店計画が持ち上がった際、「まもり育てる会」は「24時間営業はそぐわない」などとコンビニ側に働き掛け、出店の話がなくなったそうです。
美観地区では市が、屋外の広告物に面積などの許可基準を設け、景観を守っています。
(倉敷伝建地区をまもり育てる会/大賀紀美子 会長)
「看板の問題であったり、町家の使い方ルールがないと、崩れてしまうという不安がある」
今回のガイドブックがどんなものなのか見ていくと、美観地区の景観やくらしを守るため事業者などに25の「お願い」をしています。
例えば置き看板については、店ごとに1つにするようお願いしています。また、のぼりは敷地からはみ出さないようにし、原則、木や綿など自然素材のものを使い、文字は原則漢字やひらがなです。
また、営業時間は住宅があることを踏まえて午後10時までとし、道路上でのチラシ配りや客引きも控えるよう呼び掛けています。
一方で、美観地区に出店する事業者に聞いたところ、「海外の雑貨を扱っているので、看板の文字をひらがなにするのに抵抗があった」や「あまりに縛られ過ぎると、収入が少なくなって、生活に影響が出るか心配」といった声も聞かれました。
「観光振興」と「町並みの保存」 専門家は
では、今後のまちづくりはどのように進めていけばいいか、専門家に聞きました。
(山陽学園大学/渋谷俊彦 教授)
「今、都市間競争でして、新しい町並み、新しい文化を守っていこうという町は、これに非常に力をいれている」
山陽学園大学の地域マネジメント学部で地域の課題解決などに取り組んでいる渋谷俊彦教授です。倉敷市の伝統的建造物群等審議会の会長も務めています。
渋谷教授は京都市を例にあげ、倉敷市の場合町並みの保存を最優先することが、商業的な成功につながると話しました。
(山陽学園大学/渋谷俊彦 教授)
「清水寺の下の産寧坂辺り、結構観光客でいっぱいだが、店先には京都のもの以外一切置いていない。店づくりのれんについても。それで若い観光客が大喜び」
清水寺の参道、産寧坂では看板の色なども条例で決まっています。たとえば、看板の下地に赤色を使うことはできず、白色・薄い灰色・薄いクリーム色など、「落ち着いた色」を使うことになっています。
今後の美観地区周辺の町づくりについて渋谷教授は――。
(山陽学園大学/渋谷俊彦 教授)
「歴史を守るのが命綱になっている。公的な立場は限界がある。そういう意味では、自主的に自分たちの町を守ろうという形で動いていただくのが一番いいと思う」