高松市の出版社が、2022年10月に発行した一冊の本が、インターネット通販サイト「アマゾン」の売れ筋ランキングで上位を獲得するなど、人気を集めています。日本最古の歌集と言われる万葉集を現代語訳した本なんですが、そのユニークすぎる内容が、SNSなどで話題なんです。
奈良時代に編さんされた、現存する日本最古の歌集「万葉集」には、天皇から庶民までさまざまな人々が詠んだ4500首以上の和歌が収められています。それから長い年月が経ち、万葉集から引用してついた元号「令和」の時代……。
(巻十一 2370番歌)
「恋ひ死なば 恋ひも死ねとや 玉桙の 道行く人の 言も告らなく」
相手を死ぬほど好きになってしまった女性が、誰も後押ししてくれないと嘆くこちらの歌は――。
(現代語訳:巻十一 2370番歌)
「『キュンキュンして死にそう』っていったら『死ね』っていわれるし 世間は冷たいもんや」
え? キュンキュン……?
(巻二 117番歌)
「ますらをや 片恋せむと 嘆けども 醜のますらを なほ恋ひにけり」
「立派な男は、片想いで悩むことはない」と強がりながらも未練が残る、天皇の息子が詠んだこちらの歌は――。
(現代語訳:巻二 117番歌)
「イケメンの俺が片想いなんかするかよwっていってたけどしたわwww」
万葉集の半数以上を占める「恋の歌」を、若者言葉で大胆に意訳した「愛するよりも愛されたい」が大人気! タイトルは、万葉集のふるさと、奈良県出身のタレント堂本剛さんが所属する「KinKi Kids」のヒット曲からイメージしました。
SNSでは、「奈良時代の人たちに親近感湧いたw」などの声が。その魅力に迫ります。
(巻十二 3182番歌)
「白栲の 袖の別れは 惜しけども 思ひ乱れて 許しつるかも」
(現代語訳:巻十二 3182番歌)
「あんたに別れ話をされた時 『ほな別れたるわ!』って即レスしたけど 正直やってもうた! て思てる」
「即レス」とは、メールなどのメッセージに対して、すぐさま返信すること。イマドキのカップルの会話のようでもありますが……実はこれ、万葉集の現代語訳なんです。
2022年10月に発売した「愛するよりも愛されたい令和言葉・奈良弁で訳した万葉集」。ユニークな内容が話題を呼び、増刷が追い付かないほど売れているということです。
(「愛するよりも 愛されたい」作者/佐々木良さん)
「令和の若者言葉を使った現代語の万葉集です。万葉集ができた時代って首都が奈良だったんですよ。奈良で生まれた文学なので、奈良の言葉でそのまま訳してしまおう、ということで始まりました」
このヒット作が生まれたのは、高松市に家賃4000円の事務所を構えている小さな出版社。作者の佐々木良さんが、新型コロナの給付金で立ち上げた「万葉社」です。
香川県の豊島を題材にしたノンフィクションで作家デビューした佐々木さんは、万葉集や古事記をテーマにした本も出版しています。
今回の現代語訳を出版したきっかけは?
(「愛するよりも 愛されたい」作者/佐々木良さん)
「若者の言葉を使ってSNSで冗談半分であげていたら、皆さんのコメントが『おもしろい』っていっぱいついて、『もっと見たい』というコメントがついたので」
反響を受けて約90首の現代語訳を1冊にまとめた佐々木さん。「ワロタ」「ぴえん」「ワンチャン」などの若者言葉が散りばめられています。
(「愛するよりも 愛されたい」作者/佐々木良さん)
「おじいちゃんおばあちゃんから手紙が来たりするんですよ。実は若者が使う『ワンチャン』っていう言葉は、ずっと犬のことだと思っていたんですけど、『ワンチャンス』のことだということで、初めてこれを知ったという形で。だからお年寄りにとっては若い子の言葉を学ぶきっかけにもなりますし、逆に若い人からみたら古い言葉を学ぶきっかけになるというところで、万葉集を通して一つのコミュニケーションが生まれるという」
万葉集は、奈良時代に編さんされた現存する日本最古の歌集ですが……。
(現代語訳:巻十 1922番歌)
「花がさいて散ったら あの子が来るかこーへんか 松みたいに待つしかないか なんつって」
記者「これって……ダジャレですか?」
佐々木さん「はい」
(巻十 1922番歌)
「梅の花 咲きて散りなば 我妹子を来むか来じかと 我が松の木ぞ」
「松」と「待つ」和歌の表現技法「掛詞」を、ダジャレで表現しました。
さらに、こんな現代語訳も――。
(現代語訳:巻一 27番歌)
「yo! よい人がyo! よく見てyo! よしっ! っていったyo! 吉野の里をよく見るといいyo! よい人はよく見る! これ大事」
記者「これは……ラップですか?」
佐々木さん「はい」
原文を見てみると……。
(巻一 27番歌)
「よき人の よしとよく見てよしと言ひし 吉野よく見よ よき人よく見」
頭文字でリズミカルに韻を踏んだ和歌は、確かにラップに見える……かも!?
(現代語訳:巻四 727番歌)
「\わすれろ草~/って道具だしてくれたけど これぜんぜん効きめないで」
記者「これって……ネコ型ロボットじゃないですか?」
佐々木さん「そうです」
(巻四 727番歌)
「わすれ草 我が下紐に付けたれど醜の醜草 言にしありけり」
当時、つらいことを忘れられるおまじないとして使われていた「忘れ草」。なんと、マンガ「ドラえもん」にも、よく似た秘密道具が登場するそうです!
(「愛するよりも 愛されたい」作者/佐々木良さん)
Q.こんなに売れると思っていた?
「いや、全然思ってなかったですね。こんなん誰が買うんやと思って、結婚式をしたんですけど、結婚式の引き出物に入れたりとかしてて、それぐらい売れないだろうと思っていたんですけど、ふたを開けてみればですね、刷っても刷っても間に合わない状況で……。そもそもこれは赤字だろうということで、いい紙を使って出したんですけど、刷るしかないので、1冊当たりの利益がだいたい8円ぐらいだったということで、どうしよう……というちょっと、うれしいような悲しいような」
そして、この現代語訳のもう一つのポイントは「奈良」にちなんだ言葉や表現。佐々木さんが何度も現地に足を運んでリサーチしたというこだわりようです。
例えば、若者言葉でテンションが上がった時に使う「#マジ卍」は……。
「#奈良 #地図記号卍しかない #マジ卍」
(「愛するよりも 愛されたい」作者/佐々木良さん)
「奈良で地図を広げていろいろ散策するんですけど、地図記号が卍(寺院のマーク)だらけすぎて、そのおもしろさというのを和歌に採用してみました」
これがホントのマジ卍。他にも、平城京への遷都を詠んだ歌には、「せんとくん」が登場したり、都のマーケット「西の市」は、奈良市のショッピングモール「ならファミリー」になっていたり。
記者「実は私、奈良県出身なんですけどこのページ、一番、奈良やな~って感じた部分がありまして…『行基さんの前で友達待ってますよ~』まさに! 奈良の待ち合わせ場所と言えば行基像の前!」
佐々木さん「東京でいうハチ公前ですよね」
記者「そうなんですよ」
現在、春に出版予定の第2巻の準備をしている佐々木さん。
ギャルの専門雑誌を愛読したり、気になる若者言葉や奈良の話題を見つけては、ネタ帳に書き込んだりしているそうです。
(「愛するよりも 愛されたい」作者/佐々木良さん)
「万葉歌人って赤裸々なので、思ったことを全部言うという、SNSのような世界なので、ただ美しい歌だけがあるんじゃなくて、そういういろんな人がいろんな歌を歌っているのが魅力だと思っています。(1冊の利益は)8円ではありますけど、広く多くの人に万葉集っていうものを知ってもらえたら、それはそれでいいのかな」