38年前の5月9日、2つのハンセン病療養所がある岡山県瀬戸内市の「長島」と本土を結ぶ「邑久長島大橋」が開通しました。その記念日に合わせ、「共生社会の実現」をテーマにしたシンポジウムが開かれました。
(長島愛生園入所者/石田雅男さん)
「(橋が)もう少し早く架かっていれば、もっと人間として社会の人々と交流を重ねていい人生を生きることができたのではないか」
瀬戸内市のハンセン病療養所「長島愛生園」で開かれたシンポジウムで思いを語ったのは、10歳で入所した石田雅男さん(89)です。
1988年に開通し、「人間回復の橋」とも呼ばれる邑久長島大橋。国の誤った強制隔離政策によって社会と切り離されたハンセン病回復者が、十数年に及ぶ活動を続けて実現したものです。
(石田雅男さん)
「(橋は)私たちが願った通り、多くの人たちを導き入れてくれた。被害者意識で過ごすのではなく、今度はもっと人間らしく、橋に恥じることなく生きていかないといけない」
入所者の高齢化で語り部が少なくなる中、長島愛生園では2025年11月に体験型の資料館「でんしょう愛生館」がオープンし、幅広い世代の人が訪れています。
橋が架かった「うれしさ」と社会と向き合う「難しさ」を経験した38年。石田さんは、これからも多くの人に橋を渡ってほしいと願いながら、こう締めくくりました。
(石田雅男さん)
「(病気で)つらい思いを味わって、そうした傷だらけの心にふと思うのは、それでも人間という生き物は優しい生き物なんだな」
(参加者)
「世の中に絶望してもおかしくなかったはずなのに前を向いて進んでこられた方がいて、橋に恥じないような生き方を我々もしないといけない。1人でも多くの人に知ってもらいたいし、いろんなことを一緒に考えていけたら」
シンポジウムの後半では、病気・障害がある人や福島第一原発事故の被ばく者らと関わる専門家も参加し、「共生社会の実現」に向けて意見を交わしました。